ヤクザ者Sの純情!8

「…ン、…腹イテェ~…」

大喜は、腹が痛かった。そして、眠かった。
だが、目を見開いた。なぜなら、自分の部屋とは違う匂いがするからだ。
味噌汁の匂い。
大喜が自分で作ることはない。ということは、明らかに此処(ここ)が自分の部屋ではないと言うことだ。

「よ、くそガキ、目が覚めたか?」
「…オッサン…、俺…」

大喜の目の前に厳(いか)つい顔が合った。しかし、その厳つい顔は厳ついながらも笑顔だった。

「これ、着替えだ。適当に買ってきた」
「………これ?」

手渡されたのが、金魚がヒラヒラ泳ぐパジャマの上下と下着―真っ白なブリーフだった。

「着るのがないと、寒いだろ? 裸でブラブラするか?」

そこで、大喜は自分の状況が飲み込めた。
いる場所は、佐々木の塒(ねぐら)。
ソファの上に毛布を掛けられ横になっている。
そして、何故か毛布の下は全裸だった。

「オッサン、まさか…俺を?」
「気絶させた」
「そうじゃなくて、俺をその……抱いた?」
「くそガキっ!」

ペシっと大喜の頭に佐々木の手が飛んだ。

「イテェだろッ!」
「どこまで覚えてるんだ?」
「どこまでって…」

どうして、自分が此処にいるのか、大喜は考えた。

「えっと…オッサンを付けてたら、掴まって…オッサンが俺の指つめようとした。あっ、俺の指っ!」

大喜が慌てて毛布から両手を出した。
指を広げて全部揃っていることを確認した。

「落としちゃあ、いねぇよ。脅しただけだ。お前、大泣きするからよう、ここに連れてきたんだ。顔以外も泣いてたしな。着ていた物は洗濯中だ」
「…どういうこと?」
「ちびったってことだ。まあ、気にするな」
「冗談だよな、オッサン」
「残念ながら、事実だ。証人もいる。車で此処まで運んだから」
「……最悪だ…」

佐々木だけじゃなく、他の人間にも自分の失態を晒してしまった。大喜の顔が真っ赤になる。
まだ、『抱かれたから』の方が良かったと思う。
そうすれば、知らないうちに仕事の半分が終わっているということだ。

「全部脱がしたが、お前が思っているようなことはない。安心しろ」

良かったのか、悪かったのか、これじゃあ、まるで子ども扱いだ。
この男を自分に惚れさせないとならないというのに。
そんな男の前で小便垂れちまった。
しかも脱がすだけじゃなく、身体を清拭してくれているようだ。肌がサラサラしている。
悪戯はされてない。それは本当だろう。
どこにも大喜の身体に違和感はないから。腹が痛い以外は。
つまり、おしめを替えてもらったようなものだ。
子ども扱いというより、乳児か幼児扱いされている。
大人と思われてなければ、恋愛感情を持たれるのは、無理だ。
裸を晒しても何もなかったということは、結局、女じゃなければ、駄目だということなのだろうか?
大喜の口から深い溜息が洩れた。

「服着ろ。そしたら、飯だ」

大喜に気遣ってか、佐々木が側から離れた。
真っ白なブリーフを履く日が来ようとは、大喜は思ってもみなかった。
こんなもの穿いてて、女とベッドインした日には、完全に退かれるだろう。形まるわかりだ。
佐々木の年代はこれが普通なのかと、渋々穿いた。

「これ、オッサンが買ってきたのか?」
「そうだ、サイズあってるか?」
「サイズは…悪くないけど、金魚が…」
「可愛いだろ?」
「…ん、まあ…」

正直、センスは最悪だった。
金魚を可愛いと評するこの中年のセンスが大喜には理解できなかった。

「夕飯と言うより、夜食だな。たいした物はないが、食え」

佐々木が、テーブルの上に白米と味噌汁と、卵焼きを運んできた。
朝食かと思うような簡単な品が並ぶ。
だが、味噌汁からはいい香りが漂ってきた。
その香りで、大喜の腹が鳴った。
昼から口にしたのは、コーヒーだけだったことを思い出す。
手を合わせて、頂きますと言おうとした大喜が急にあることに気づいた。