ヤクザ者Sの純情!10

「だから、オッサン、この通りだ」

大喜が、テーブルの横に座り直し、佐々木に頭を下げた。

「しょうがね~ヤツだ。家政婦扱いでいいな? 給与も出してやる。日給で一万だ」
「一万!」
「少ねぇか?」
「十分です!」

大喜の予想外の金額提示だった。
月に換算すれば、ここに置いてもらうだけで三十万になる。家賃が浮いて、月三十万だ。

「その代わり、日給分の仕事しろや、分かったか? 完璧な掃除、食事、あと雑務一般、もちろん、お前のあいた時間でいい。お前、学生だろ? 悪いが、鞄の中身確認させてもらった。学校にもバイトにもちゃんと行け。ただし、人でなしのバイトは禁止だ。それで、文句ないな」

その人でなしのバイトの一環が、佐々木の側にいることなのだが、もちろん、それを大喜が佐々木に白状するはずもなく、

「文句ありません!」

再度頭を下げた。

「調子のいいヤツだ。顔あげて、さっさとこれ片付けろ。ダイダイ、家政婦だろ?」

意地悪い笑みを浮かべ、大喜の嫌いな呼び名で呼ぶ。

「ダイダイって…」
「文句ねぇよな? 雇い主が何と呼ぼうが」
「ないですっ、オッサン」
「佐々木さんとか、呼べないのか?」
「オッサンの方が、オッサンらしい」
「しょうがね~ガキだ。せいぜい気張れ」

大喜の頭をぐしゃぐしゃと、佐々木の大きな手が掻き回した。
本人は、撫でているつもりらしい。
大喜にとって、今日は散々な日でもあったのだが、結果、目的達成への第一歩は踏めた。
小便洩らして実は正解? と、恥ずかしい出来事が勝因だったに違いないと大喜は分析した。
その夜、佐々木は本宅へ戻るという。

「淋しくて、ピーピー泣くなよ」
「誰が泣くか。ガキ扱いは止めてくれ」

明日には引っ越してこいと佐々木は合い鍵を大喜に渡し、生活に必要な物があるなら買い揃えろと、日給とは別に五万円まで置いていった。
大喜の身元もちゃんと調べずに、大喜の話だけで側に置いてくれるという佐々木は、とんでもないお人好しではないのか。
一人残された部屋で佐々木の人間性について、大喜は考えていた。
酔っぱらいが佐々木を見てビビっていたところを考えると、ヤクザとして名は通っているらしい。
恋愛話に「乙女かよ」と言いたくなるような態度を見せるし、人の話は信じるし、面白い男だと興味が沸いてくる。
金回りもいいに違いない。
ヤクザがどれぐらい儲かるのかも大喜の気になるところだ。
そこまでの給与は払ってやれないと言いながら、日給一万も出すという。
一万が佐々木には安い金額なのだろうかと、佐々木についての興味は尽きない。
翌日、早速大喜は引っ越してきた。
借りていたアパートを引き払い、家財道具のほとんどは友人等に売り飛ばし、持ってきたのは、炊飯器とベッドとノートパソコンに衣類、と大学で使用している教科書。さすがに鍋で炊飯することは無理だと、炊飯器は真っ先に必要と判断した。
レンタルした軽トラで一人で引っ越し作業を終えると、大喜はバイトに向かった。

「ダイダイ、おっはよ~」

今日はキャバクラのバイトだ。
大喜がホールの清掃をしていたら、キャバ嬢ルイがスッピンに近い薄化粧で現れた。

「うわっ、」

夜のバイトをするようになって、女の化粧の凄まじさを身をもって知った。女には二つの顔があるのだ。 
二面性という意味ではなく、顔の造りが二つあるのだ。
整形後と整形前の違いより凄みのある違い。
特にこういう場所で働いている女の子は、目の大きさだけでも二倍は違う。

「相変わらず、しつれ~~~い。ダイダイ、身体大丈夫? あれからどうした?」

佐々木に大喜が担がれて行ったのを、ルイは見ていた。

「どうしたって、あのオッサンに手当してもらってから、此処に寄ったじゃん」
「知らないよ~。サーちゃんが、通りかかってくれて、助かったね~。ダイダイ、殺されるかと思ったよ。あの酔っぱらい、傷害事件起こしてたみたい。出てきたばっかりだって」
「出てきた?」
「塀の中からだよ、ダイダイ」

ゾッとした。

「でも、サーちゃんの方が格が上だから。もう、この店には来ないよ」

桐生の若頭の肩書きは凄いらしい。
ソッチ系の肩書きや格なんて関係ない暮らしをしていたが、これからはそういうのも学習した方がいいのだろう。

「ルイ、ヤクザの若頭っていうのは凄いのか?」
「し~らないけど、サーちゃんは凄いってことは分かる。塀の中に入る人って下っ端が多いらしいよ~」
「その通りだ」

ヒョイと支配人が現れた。

「若頭っていうのは、普通、組のナンバーツーだ。子分衆のトップだからな。一般企業でいうところの副社長みたいなものだ。佐々木さんはいいお方だが、お前等、あまり近づくなよ。もちろん、客で来られた時は、手厚くおもてなししろ。素人が裏社会に首突っ込むと、ろくなことにならないから用心しろ」

二人揃って、はいと返事をし、開店準備に戻った。