ヤクザ者Sの純情!7

※この回…長くなりました・・m(__)m…携帯・スマホからの方、ごめんなさいm(__)m

 

車は走り去り、佐々木は事務所内に消えた。
これで、佐々木が目の前の事務所内にいることは確実となった。
あとは、出てくるのを待てばいい。
とうとう大喜のコーヒーは三杯目に突入した。
だが、見張るのが苦にならなくなった。待てば、必ず動きがあることが分かったからだ。
結局、動きがあったのは、その後二時間も経ってからだった。着流しの男と共に佐々木が出てきた。
その男を車に乗せ、深々と頭を下げ見送ると、佐々木が一人で歩き出した。

「領収も下さいっ!」

コーヒー代を精算した。必要経費で落としてもらうための領収証を受けとると、慌てて跡を追った。
尾行など、もちろんしたことはない。だから、テレビドラマの刑事物を真似てみた。
電信柱や、建物の陰に隠れるように跡を付ける。
どこに向かうのかと思えば、パチンコ屋だった。
佐々木がパチンコ屋の店内に入っていく。
遊んでいくのかと思えば、カウンターの中の女性スタッフと話している。親しいのか、女性が笑っていた。
大喜は両替をするふりをして、佐々木の様子を伺っていた。
怖い顔をしていても、やはり、女性にはもてるようだ。
女性が佐々木に気があるような素振りを見せている。目付きが、違う。媚びを売っている目だった。
そんな男を堕とすことができるのか、ここでも、大喜の自信はぐらついた。
しかし、そんなことは言ってられない。
二百万を必ず手に入れるぞと、女達に負けるものかと、自分に気合いを入れた。
女性との話が終わった佐々木が、店内の自販機で煙草を買うと外に出た。慌てて跡を追う。
急に角を曲がったので、見失ったら大変だと、大喜も走った。

「あっ!」

走って角を曲がれば、大喜の正面に佐々木が立っていた。ようは、待ち構えていたのだ。

「よ、くそガキ、俺に用事か?」
「…」

ばれているとは思っていなかった。
今日はまだ接触の為の情報収集のつもりだった。
まさか、このタイミングで対面するとは。
突然のことに、何と言葉を繋げたらいいか、頭の中が真っ白で思いつかなかった。

「俺も、舐められたもんだ。こんなくそガキに付けられるとはな。誰に頼まれた? どこぞのチンピラか? それとも、女か? 怒らないから正直に言ってみろ」

目が怖い。
口調はソフトだったが、目が大喜を威圧していた。

「…あや…まろうと…思って…」
「は?」
「あと…お礼…言ってなかったし……」

しどろもどろである。

「なら、ちゃんと、俺の目を見るのが筋じゃねえのか? 第一、つけ回す必要はない、違うか?」
「…怖いし見れない…」
「昨日あれだけ啖呵切っといてか?」
「……だからだろ。なんと言っていいか…その…声を掛けられなくて……」
「それで、わざわざ組からつけ回していたと? 坊主、それをまさか信じろと言うつもりはないよな?」
「ある」
「ほう、そうか? 見上げた根性だ。で、ヤクザに詫びを入れるっていう意味は分かっているんだろうな? どの指を差し出す?」

指と言われ、佐々木が何を言いたいのか直ぐに分かった。

「…冗談…ですよね?」
「冗談じゃねぇ。謝るんだろ? 詫びを入れるんだろ? だったら、本気かどうか、見せてみろ。俺が落としてやる。指出せ」

佐々木の右手がスーツの袷から中に入り、何かを握った。
短刀(どす)に違いない。
思わず、大喜は両手を後ろに回した。

「心配するな、支障がないよう、左手にしといてやる。さっさと出せ」

目が本気だ。本当に俺の指を落とす気だ。
一歩、大喜が後退る。
すると、佐々木が一歩、前に出る。

「どうして、逃げる? お前が言ったんだぞ? 俺がヤクザと知ってて、こうして詫びを入れに来てくれたんだろ?もちろん、覚悟の上だろうが」

ここで、逃げたら、二百万の話しも消えてしまう。
自分の指を取るか、金を取るか、大喜には究極の選択だった。
普通にバイトをしていても、利息で増えていく借金の返済には追い付かないことは分かっている。
女の子のように、風俗という道もない。このままだと、直ぐに次の桁に届くだろう。
まともなところで借りてはいないのだ。
返済出来なければ、きっと良くてマグロ漁船、最悪臓器取られて海の底。
この際、指の一本ぐらい…ぐらい…ぐらい……、大喜は二百万の為に、指を捨てる決心をした。

「あ~~~~っ、もう、いらね~よ。オッサン、好きな指取れっ!」

さっきまで、逃げ腰だったくせに、逆ギレ状態で佐々木の前に両手を広げた。

「じゃ、遠慮なく」

佐々木が大喜の左手の小指を左手で握った。右手がスーツから出てきた。
やはり手には短刀が握られていた。

「かなり、痛いぞ?」

分かりきったことで、念を押す。

「早くっ、やれよ~」

言葉だけは強気だが、大喜は怖くて目を閉じた。

「いくぞ、ちびるなよ」

…せめて麻酔…
覚悟を決めていても、身体がガクガク震えだした。

「この、大馬鹿野郎がっ!」

来たと、思った瞬間、痛みが別の場所に走った。
大喜の小指ではなく、大喜の頭の天辺(てっぺん)に衝撃があった。
大喜が目を開く。

「立ったまま、素人の指を落とすヤクザなんぞ、いね~よ。だいたい、素人さんの指なんぞ、何の価値もねぇんだよ。ったく、ガキが、直ぐに鵜呑みにしやがって」

落とすために握られたと思った短刀は、大喜の頭をひっぱたく為に使われた。柄の部分で殴られたのだ。

「だいだいな、人気(ひとけ)はなくてもここは外だ。こんな場所で流血させたら、俺は傷害罪でわっぱだ。たく、詫び入れたいとか、見え透いた嘘付くからだ」
「…俺の……指…」
「落とさねぇよ」

大喜の身体が、緊張から解かれた。急激に身体も心も緩む。

「おいっ、坊主っ! お前…」

大喜の前が濡れていた。ホッとした瞬間、漏らしたのだ。
染みがどんどん広がっていく。
当の大喜はそんなことお構えなしに大泣き中だ。
色気づいた別れさせ屋のようなバイトに手を染めていても、株で大儲けしてビジネスの世界を垣間見ても、金の為に男を落とそうとしていても、所詮まだ十九才の青年なのだ。指を切り落とされるという恐怖から解放された大喜は、ただの子どもだった。

「しょうがねぇやつだ。そんな格好じゃ、通りも歩けやしねえ」
「…くっ、」

佐々木が泣きじゃくる大喜の腹に一撃を加え、気絶させた。
そのまま担ぎ上げると携帯で車を呼びつけた。

「匂いますね」
「黙って運転しろや。小便の匂いなんて、可愛いもんだろ? 違うか?」
「はいっ、その通りですっ!」

佐々木自身、大喜の尿で汚れていたが、それがどうした? と、運転している若造をミラー越しに睨み付けた。
ちょっと、お灸が過ぎたかと、泣き顔のまま目を瞑る大喜を横目に、佐々木は、内心えらく反省していた。