ヤクザ者Sの純情!6

大喜のバイトは夜から明け方が多いが、火曜日はヘルスの呼び込みだけなので、夜数時間のバイトのみだ。
今日はその火曜日。
時間はたっぷりとある。
大学の午前の講義で、睡眠をとると、午後からは自主休講とした。
早く、佐々木と接触を持ちたかったのだ。
怒鳴られ、追い返されたのだから、佐々木が大喜にいい感情を持ってないことは分かる。
しかし、何かキッカケがあれば、話ぐらいは出来る関係にはなるだろう。
元々、弱みも握っているのだ。
キッカケづくりの為に佐々木の行動範囲、出現場所を調査することにした。
まず思いついたのが、桐生組だった。組関係を張っていれば、姿を現すだろう。
あの塒(ねぐら)に押しかけて行くのも変だしと、何でも屋の社長から預かった資料の中にあった地図を頼りに、桐生組の事務所に向かった。

「…ココか、普通の建物じゃん。看板とか出てないんだ」

ベージュのタイルで外壁を覆われている3階建ての建物は、周囲の住民を気遣ってか、どこにもヤクザ家業を営んでいます、的な雰囲気はない。
ただ、その建物には、普通より多くの防犯カメラが設置されていることと、ガラスが外から内部が見えないよう、フィルム張りになっていることが、普通のビルとは違うところだろう。

「第一事務所ってなっているところを見ると、他にもあるってことか。企業じゃあるまいし、支店設けてどうするんだろう」

大喜は分かってなかった。ヤクザと言っても、ある種、企業なのだ。
真っ当な収入源確保の為の、商売を手広くやっているのが、桐生組だ。
暴力団と名の付くところも、昔ながらの任侠の組も、表向きの仕事というのがある。
表だけじゃなく裏でも、企業や政治家との繋がりが大きいのが現代の裏社会だ。
何でも屋の社長も言っていたがドンパチやるだけがヤクザじゃないのだ。
建物の前で待っているのも変だと、大喜は、通り挟んで対面していた喫茶店に入った。

「ご注文は?」
「コーヒーを」

窓際の席に座る。
荷物は、大学に持っていった鞄が一つ。それを降ろすと、大喜の視線は桐生組の事務所に固定された。

「――佐々木のおヤッさん…」

佐々木?
大喜の後ろの席から話し声が聞こえてきた。

「――荒れているのな、昨日も、組長に食って掛かってた」
「珍しいよな……組長、一筋の人なのに…」
「もしかして、組長と佐々木のおヤッさんって、」

って、何だっ? もっと、大きな声で話せ、と大喜の耳がダンボになっていた。
組の前の喫茶店だ。
組関係のことが耳に入ってもおかしくないが、いきなりターゲットの話題が聞こえてくるとは思わなかった。

「ありえね~~~っ、ヒッ、笑わせるなっ。こんな話、おヤッさんや組長の耳に入ってみろ、俺達殺されるぞ」
「そりゃ、そうだ…はははっ、そういえばさ、おヤッさん、蝶々のママ、振ったらしいぞ…さすが、色男」
「ひえ~っ、あのママを振るなんぞ、男じゃねぇ~、男なら一度はお願いしたい相手だ」
「今ならチャンスかも。お願いしてみるか?」
「いいね~、恋の痛手を負っている熟女なら、つけ込める可能性……」

ないだろ、と、大喜が口に出さずに返答した。
そのママが、依頼者その一だったに違いない。
こんなことを依頼するぐらいだから、よほど惚れ込んでいたのだろう。
厳つい顔ではあるが、ぶ男というわけでもない。
左目横の傷は怖いが、客観的に見ればいい男の部類だ。女にはもてるのかも知れない。
だが、と大喜は思った。
そのママもいい女らしいのに、振られたとなると、佐々木の好みというか、理想はかなり高そうだ。
男の自分に興味を持ってくれることがあるのだろうかと、不安になってきた。
持ってもらわないと困る。
ぶっちゃけていうならば、男の大喜相手に勃ってもらわないと困るという話しなのだが。
女相手の場合とは違い、簡単ではないということを、この時点で大喜は実感していた。
佐々木のことを話題にしていた男達も去り、大喜は二杯目のコーヒーに入っていた。
これといって動きがない。
数人、事務所内から出てきたが、その中に、佐々木の姿はなかった。
かれこれ、二時間は経つ。携帯で何度も時間を確認する。
夜にはバイトが入っているので、夕方までには動きがあって欲しい、と祈るような気持ちで、大喜は窓の外を睨んでいた。
あの事務所内に佐々木がいるかどうかも未確認なのだ。街を彷徨(さまよ)うよりは確率が少し高いかもしれないが、冷静に考えれば、大喜の都合良く、佐々木があの事務所に出入りするとは限らない。
あと一時間待っても佐々木が姿を現さないなら今日のところは諦めようと思った、ちょうどその時、一台の真っ黒なセダンが事務所の前に停まった。