ヤクザ者Sの純情!24

「…まじかよ…」

誰もいない。見かけない。音もない。
居るのかもしれないが、大喜が移動する先に人影がない。
それもそのはず、多くの者は事務所に出掛けている時間だし、組長付きの者も佐々木と共に出払っていた。
本宅とて通いの家政婦もいるし、雑用係もいる。
しかし彼等は彼等で広い本宅内を散らばって仕事をしているのだ。
一々大喜の行く先々にいるとは限らない。
本来、今日、先輩家政婦に佐々木が大喜を紹介するはずだった。
彼等の詰め所を知れない大喜は、偶然出会(でくわ)さなければ、会うこともないだろう。
ノートを広げ、廊下伝いの部屋から描いていく。
昨日、自分が通された部屋がどこかも実は曖昧だった。
一つ一つ覗いて行くが、似たような和室が無数あり、正直違いが分からない。
それでも、小さな違い、例えば襖に描かれているアヤメの本数とか、鳥の位置の違いを見つけては書き留めていく。
ノートに記入しながら廊下の角を曲がったところで、何かにぶつかった。

「てえっ、前、向いて歩きやがれっ!」

前を向いてないのは大喜なのだが、取り敢えず人のせいにするのが大喜だ。

「見慣れない猿がいるね~」
「黒瀬、失礼だろっ!」

ぶつかったのは人間らしい。
ボタンか何か、硬い物が大喜の額を直撃したため、ちょっとぶつかったにしては鋭い痛みが大喜を襲っていた。

「誰が猿だと?」

額に手を当てながら、顔をあげた。

「…あんた、誰? ホストクラブから出張?」

ヤクザの家に似つかわしくない、妖しい風貌の男が立っていた。
麗しいという言葉は、こいつの為にあるのかと思える程、美麗な顔だ。
日本人離れした目鼻立ちは、外国の血を思わせる。
大喜には、夜の男にしか思えなかった。
その横に、大喜とあまり年の違わない(と、大喜が思っているだけ)、若い男が立っていた。
こちらも、見た目が良い。男っぽいというより、アイドル系だ。

「どこの動物園から、抜け出したんだろう。どう思う潤? 保健所に連絡した方が良いんじゃない?」

グイッと、大喜はホスト系の男に顎を掴まれた。

「黒瀬っ、いい加減にしろよ。困ってるじゃないか。尻尾が生えてないんだから、人間だろ」

いや、尻尾云々(うんぬん)じゃないだろ、どう見ても俺は人間だ! と大喜は内心で突っ込みを入れた。

「人間? ふ~ん、人間なんだ。初めて見る顔だね」
「そうだね。新人さんかな?」

顎を掴まれたままの大喜を、アイドル顔がジロジロと見る。

「いい加減、その手を放しやがれ」

大喜が叫んだ。

「ごめんごめん、人間なら、捕まえておく必要はないか」

顎をやっと解放された。

「覚えてろよ。ホストの出張サービスなら今日は帰れっ!」
「ホストじゃないよ。ねえ、君、いつ組に入ったの? 教育係は誰?」

いかにもホストという方が、物腰柔らかな声で訊いてきた。
声は柔らかいが、視線が射るように鋭い。
ゾクッと、大喜に悪寒が走った。

「俺は、組の人間じゃねぇよ」
「だったら、何者? どうして、ヤクザの家にいるんだ」
「あんた達こそ、ホストじゃないなら、何者だ?」
「ううん、親戚かな?」
「組長さんのか?」
「弟とその嫁」

横のアイドル顔が赤くなる。

「嫁って、こいつ、男だろ? つうか、あんた、あの変態の弟っ!? 似てね~~~っ!」
「変態って、君は兄さんに何かされたのかい?」
「…まだだけど…、だけど、あいつは絶対変態なんだ」
「ふ~~~ん、それで、その変態はどこかな。部屋にいないようだけど」

変態については否定されなかった。
いや組長より、目の前の男の方が数段、胡散臭い。
同性を平然に嫁と紹介する辺り普通じゃない。
嫁と言うぐらいだから、このアイドル顔と夜な夜なエッチなことをしているのか、と下衆(げす)の勘ぐりをしてしまう。

「…福岡らしい」
「どういうこと? 佐々木は?」
「組長が急にいなくなって、慌ててどこかいった。えっと、会合とか言っていたけど、俺じゃ居場所が分からない」
「佐々木、殺すよ」

大喜の耳に物騒な言葉が入ってきた。
その言葉を発した本人は、にこやかだった。
聞き間違いかなと、大喜は思った。