ヤクザ者Sの純情!23

「起きろ、」

心地良い眠りを妨げる声に、大喜はウルセ~と布団を被った。

「五時だ。起床時間だ」

布団を剥がされた。

「何すんだよっ!」
「朝だ。サッサと支度(したく)しろ」
「…オッサン…、あ、そうか…」

寝ぼけた頭を左右にブルブルふると、自分がどこにいるのか思い出した。
今日から佐々木の自宅と本宅での家政婦仕事が始まる。

「目覚めのキスとかないのかよ…あ、イイヤ、忘れてくれ。朝からオッサンのベロチューはキツイ」

佐々木の顔がみるみる茹で蛸状態だ。
赤い顔の佐々木が大喜の頭をベシっと平手で叩く。

「馬鹿なことほざいてないで、サッサと顔洗って、着替えろ。本宅へ行くぞ」
「オッサン、朝ご飯は?」
「組長の朝食が済んでからだ」

本宅に合わせた生活サイクルがあるらしい。
初日で分からないのは当然だ。佐々木に言われた通りに動くしかない。
洗面所で顔を洗ってから、与えられた部屋に戻り、大喜は着替えを始めた。

『若頭、大変ですッ!』

階下が騒がしい。
何事かと、ドアを開け会話を盗み聞く。

『組長が、消えましたっ!』
『騒がしいな。どういうことだ?』
『組長が時間になっても起きて来られないんで、お体の具合が悪いのかと寝室を覗いたら、これが』
『……福岡? もしかしたら…』
『何か聞いてますか?』
『イヤ、だが、見当はつく』

下から、大喜、っと呼ばれた。

「ダイダイ、お前、今日はこの家の中のことだけしてくれ」
「本宅はいいのかよ」
「ああ。大人しくしてろ」
「了解。何かあったのか?」
「関係ないことだ。ちょっと忙しくなる。出掛けてくるから悪さすんな」

若頭、どうしましょう、と昨日会った木村がオロオロしていた。

「木村、組長のことは、他言無用だ。組とは関係ないことだ。今日の会合は俺が代理に出席する」

慌ただしく佐々木が木村と共に出掛けていった。
チェッ、俺だけ蚊帳の外かよ。
面白くなかった。
そりゃ、組のことに首を突っ込むつもりはないが、一緒に暮らし始めたんだから、もう少し説明があっても良いいだろ。

「組長さん、福岡か。まさかオッサンが福岡まで組長を追って行くってことは……あるかも!」

大喜の脳内で、ストーリーが生まれた。
実は組長も佐々木のことが好きだった。
そこに大喜が割り込んだ。
大喜に抱いてやろうと組長が言ったのだって、佐々木に抱かせない為だ。
邪魔な大喜を佐々木から排除する為だ。
本宅へ呼んだのも実は見張るため。
大喜がやる気満々なので、組長も感化された。
立場の違いで自分への気持ちを伝えない佐々木に組長が苛ついた。
煮え切らない佐々木の気を惹こうと福岡へ行った。
他言無用だと佐々木が木村に口止めしたのも、これは二人の問題だからという意味かもしれない。

「くそっ! 昨日あれだけで、眠ってしまったのは、不覚だった。これじゃあ、組長に負けてしまう」

大喜は焦りを感じていた。
今夜戻ってこなければ、福岡に組長を追って行ったということになる。

「福岡じゃなくて、俺の所に帰って来いよ、オッサン!」

朝の六時前、一人残された佐々木の家で、苛つきながら掃除を始めた。
佐々木の言いつけ通りこの家の中だけ掃除し、佐々木の寝室のシーツまで洗ったが、もともと片付いているので、あっという間に終わってしまった。
風呂場のバスタブまで磨いたが、八時前には全てが終了した。
朝からバタバタと動いた為か、腹が鳴った。
一人の朝食なので、卵掛けご飯を掻っ込んで済ませた。
お茶を飲みながら、今日、これからのことを考えた。
今日の大喜の予定は、午後から大学に行くことと、今までお世話になっていたキャバクラとクラブへバイトへ辞める挨拶に行くことしかない。
急な話で引き留められるかも知れないが、いざとなったら、佐々木の名前か桐生の名前をだせば問題ないだろう。ヤクザとの揉め事は嫌だろうから。
本宅の仕事がないということは、時給二千円掛ける数時間分が入ってこないということだ。
一日でも大きい。
大人しくしてろと言われたが、ブラブラ探索するぐらいはいいだろう。
組長はいなくても、誰かいるだろうから用事を言いつかるかも知れない。
しかも昨日、木村に案内されたが、実はほとんど本宅内の各部屋の配置を覚えていない。
この際、一人でも迷子にならないように簡単な見取り図を描くのもいいかも知れない。
大喜は大学ノートにペンを持ち、本宅へと渡った。