ヤクザ者Sの純情!25

「…殺す、って、組長の弟さん、今言った?」
「黒瀬でいいよ。ああ、言ったよ。俺を呼びつけておいて、本人がいなくなるなんて、良い度胸しているよね。まったく、佐々木はいつからそんなに偉くなったの」

アイドル顔が、黒瀬の服を引っ張って、

「黒瀬、駄目だよ。佐々木さんは桐生じゃ偉い人なんだよ。この人が驚くだろ。組の人間じゃないって言ってたし、殺すなんて簡単に口にしたら、誤解されるよ?」

と注意した。そして、大喜に脅してごめんね、と謝罪を入れた。

「潤、佐々木は佐々木だよ。人を呼びつけておいて、いなくなるってどういうことだ? ふん、桐生の若頭がそんなに偉いの? 私は潤とのんびりしたかったのに。だいたい兄さんも福岡ってどういうこと? 三十分待って、佐々木も兄さんも戻って来なかったら、佐々木には死んでもらうか、指の一本でも頂かないとね」
「どうして、オッサンが死なないとならないんだ? あんた組長の弟だか何だかしらないけど、頭おかしいんじゃない? ここより、病院へ行った方がいいよ」

大喜の頬が鳴る。
吠えた瞬間、目の前の黒瀬からではなく、アイドル顔の潤と呼ばれている男から平手が飛んで来た。

「ってぇええっ!」
「君、失礼だろッ! 頭おかしいってどういうことだ。多少行き過ぎの所は認めるけど、黒瀬はおかしくない。佐々木さんが電話してきたから、俺達はここに来たんだ。それなのに佐々木さんがそれをすっぽかしたんだ。黒瀬が怒ってもしょうがないだろ? これって、頭おかしいってことか?」

納得がいかない。

「だからって殺すって普通じゃないだろっ!」
「普通って何? ここがどこか分かってて言ってるのか? ヤクザの本宅だ。組長さんが変態かどうかは知らないけど、組長さんも黒瀬もここで人の数倍辛い経験して育ったんだ。それなのに、何も知らない人間にとやかく言われる筋合いはないっ!」

アイドル顔が大喜に食ってかかる。
余程、この妖しい男のことを愛しているのだろう。

「潤、ありがとう」
「黒瀬…、」

大喜をそっちのけで二人が見つめ合う。

「ハートを飛ばすなっ! 辛い経験をしたら、人を簡単に殺していいのか? あんたも毒されてんな」
「潤を悪くいうことは、許さないよ」

凍り付くような視線を黒瀬が大喜に向けた。
この二人に何を言っても無駄だと、ここにきて大喜も悟る。
大喜からしてみたら、イカれた人間同士にしか思えないが、お互いを思い合う強さは半端ない。

「だいたい組の人間じゃないなら、どうして、ここにいるの? 一般人は入ってこれないはずだが」

大喜はまだ自分が何者か、名乗っていなかった。

「佐々木のオッサンの、恋人だ」

大喜が何の迷いも見せずに言い切った。
目の前の二人が、途端、目を剥いた。

「…恋人? あの佐々木の…?」

黒瀬が大喜の周りを一周し、ジロジロと観察を始めた。

「ふふふ、佐々木にね~、潤、どう思う?」
「俺に振るなよ。君と佐々木さんとじゃ、年が倍以上離れていると思うけど…。ねえ、黒瀬、佐々木さんって男の人が好きだったの?」
「さあ知らない。佐々木のことなんて、興味ないし。でも相手がこの猿ととなると、ちょっと興味が沸いてきた。ちょっと、一緒に来てもらおうか」

黒瀬が大喜の襟首を掴む。

「放せっ!」

叫ぶ大喜を無視し、黒瀬は大喜を引きずり、大喜がまだノートにチェックを入れていない本宅の離れへと連れて行った。

「佐々木に連絡取ってもらおうかな」

部屋に押し込まれるなり、突き飛ばされ大喜が尻餅をつく。

「無理。どこにいるか分からないし」

乱暴な扱いに頭にきた大喜は、口を尖らせ嫌そうに答えた。

「携帯ぐらい持ってるだろう?」

言われて気付いた。大喜は佐々木から番号を知らされていない。

「携番知らない」

潤と呼ばれているアイドル顔に、ウソ、と驚かれた。

「佐々木さんって、恋人に携帯の番号教えないの?」
「ワリィかよ。俺、まだここに来たのだって昨日だぜ? 佐々木のオッサンとだって、昨日初めて一緒に寝たんだッ!」

間違ってはいないが、もちろん黒瀬も潤も、「寝た」意味を自分達モードの言葉で捉えていた。
二人の脳内に、佐々木と大喜の絡む姿が浮かぶ。

「ゆっくり話もする間もなく、朝から組長のせいで置いて行かれるし。だいたい、組長ってあんたの兄貴だろ。兄貴に忠告しておけよ。オッサンに手を出すなってよ」

大喜の恋人発言同様、また目の前の二人がギョッとした顔をする。

「黒瀬~、組長さん、時枝さんのことがショックでおかしくなったんじゃない?」
「兄さんが、佐々木? ふふ、それはそれで面白いけど…とにかく、佐々木だ」

黒瀬が自分の携帯を取り出す。履歴から、佐々木の携帯にかけた。

「佐々木に繋がるはずだから、戻るように言って」

自分で呼び付ければいいものを黒瀬は大喜に携帯を渡した。