ヤクザ者Sの純情!11

そう毎回、変な客が来るわけでもない。
前回みたいなのは稀だ。若い女の子が多いせいか、客層も若い。
銀座の高級クラブと違い、大学生の客もいる。
一番多いのがサラリーマンだが、あの酔っぱらいチンピラみたいに問題を起こす輩は少ない。
何事もなくキャバクラのバイトが終了し、その後、掛け持ちで入っているクラブのバイトに入った。
クラブと言っても、ダンス系のクラブではないく、ホステスのお姉様方がいる方のクラブだ。
高級まではいかないが、そこそこ高い。よって、客層が違う。
人手が足りない時だけ、ホールに入ることを許されたが、通常は洗い物がメインの仕事だった。
グラスを洗う。磨く。その二つが完璧にできれば良かったので、深夜だということを除けば楽な仕事だった。

「大森君、今日疲れてる?」

グラスを磨いていた大喜に、ママが声を掛けてきた。
四十は過ぎているらしいが、三十代前半にしか見えない和装美人だ。

「いえ」
「そう? 少しやつれているけど、お客様の前に出るときは、このクリームを目のまわりに塗るといいわ」

裏仕事なら許すけど、客の前に出るなら、疲れた表情を見せるなということらしい。

「すみません。お借りします。今日引っ越しだったので、もしかしたら、自覚ないですけど疲れているのかもしれません。気を付けます」
「若い子は、溌剌(はつらつ)としてないとね、魅力が半減しちゃうから」

ニコリ、笑顔で返された。この笑顔で悩殺された客は多いんだろうと思う。
若いキャバ嬢にはない、匂い立つような色気が滲み出ている、大人の女の微笑みだ。
そういえば、アノ仕事の依頼主その一も水商売のママだ。

「あのママ、蝶々っていう店知ってます?」
「クラブ蝶々のことかしら」
「だと、思います。美人なママらしいんですけど。蝶々のママって言ってたので、多分そうだと思います」
「大きな店よ。確かにあそこのママは美人だわ。それがどうしたの?」
「知り合いが、蝶々のママに惚れたらしいので、ちょっと、情報集めを」

事実は逆だが、どんな女なのか興味がある。

「とかいって、その知り合い、大森君じゃないの?」
「違います! 俺、顔も知りませんから」
「そう? 悪いこと言わないから止めときなさい。あそこのママは確か、十年来思い続けている人がいるみたい。その人に操を立てて、客とは絶対寝ないっていう噂を聞いたことがある。だから、使っている女の子達にも枕営業は厳禁らしい」
「…あの、ここは、お客様と……」
「ふふ、ないわよ」

言葉とは裏腹に、ある、とママの意味ありげな笑みが語っていた。
ママから借りたクリームを目の周囲に塗り、今度は洗い物に移る。
グラスを傷付けないよう、一つ一つ柔らかい布で手洗いだ。
洗いながら、佐々木の事を考えていた。
蝶々のママに十年来思われ続け、それでも佐々木の気持ちが傾かなかったとなると、ある結論に辿り着く。
佐々木には決まった誰かがいるか、もしくは、誰か好きな相手がいるということだ。
それも真剣に想っている誰かだ。

「誰だ?」

佐々木に近づいたと思った大喜だったが、目標達成への道のりは、まだまだ長かったのかと思い改めた。
二つのバイトを終えコンビニでカップ麺を買い込むと、移ったばかりの佐々木の部屋へ戻った。
佐々木が来ているかと思ったが、姿はなかった。
大喜がバイトで留守の間に来た形跡もない。
週一、二回程度しかここには来ないと言っていたが、自分が越してくれば、回数が増えると大喜は思い込んでいた。
今日は、たまたま忙しかったのだろう、と思ったが、越してきた日に様子を見に来てくれないのは、少し淋しい気がした。