ヤクザ者Sの純情!19

大喜が湯船に浸かってあれこれ考えている頃、佐々木は自分の寝室の異変について、どうしたものかと考えていた。
常にベッドの上には自分専用の枕しか置いていない。
今、目の前には客用のサイズ違いの枕がある。
枕が勝手に移動するはずもなく、間違いなく持ち込んだのは大喜だ。
問題は、持ち込んだ大喜の意図だ。
一緒に寝るつもりなんだろう。それは分る。
子どもが寂しくて誰かと一緒に寝たいのと同じなのか、それとも組長とやりあっていた時の用に、自分に身体を差し出すつもりなのだろうか、どちらだろう。
ぎゃんぎゃん喚くところは子どもっぽいが、大喜だって一九歳だ。
女の子を騙す詐欺のようなバイトをしたり、佐々木にキスしたり、囲(かこ)えと言ったくらいだ。
前者ということはないだろう。

「…ったく、あのガキは…」

客用の枕を持ち上げた。
枕と枕カバーの間からコンドームと潤滑ゼリーのチューブが落下した。

「…やっぱりそういうことか。どうして、俺となんだ? 何か裏がある」

落ちたコンドームの袋とゼリーのチューブを拾い上げ、引き出しにしまうと、枕を戻しに大喜に与えた客間へ行く。
さっきのこともあるので、ノックしてからドアを開けた。
大喜の姿はなかった。
ベッドの上に枕を戻すと自分の寝室へ戻り、内側から鍵を掛けた。
準備万端と、部屋に戻った大喜は、自分の枕が戻って来ていることに気づかなかった。
まだ子どもが寝るような時間なのだが、佐々木の姿は階下の部屋にはなく、家中静まりかえっていた。
もう寝ているに違いない。
いざ出陣と佐々木の寝室へ向った。
枕を置いてきたのだ。
それを見た佐々木も、きっと自分が来ることを予測していることだろう。
まだかまだかと待っているかもしれない、と自分に都合のいい解釈をしていた。
ドアのノブに手をかける。

「…ん?」

開かないっ!
押しても引いても開かなかった。
鍵を掛けられたと分かっても、ここで引き下がるわけにはいかない。
何のために浣腸までしたんだと、躍起(やっき)になってノブをガチャガチャ回す。

「オッサン、開けてくれよ」

バンバンバンと、ドア板を叩く。
返事がない。

「いるんだろ。開けてくれよ。一人で寝るのは寂しいだろ?」

何も返ってこないドアの向こうに向って、話しかける。

「なあ、狭い客間のベッドより、オッサンのベッドの方が寝心地良さそうだし、」

何を言っても、開きそうにない。

「オッサンが、開けてくれないなら、俺、組長さんとこに行くぞ。あいつ、俺のケツ欲しがってたし…。いいんだなっ!」

こうなりゃ、脅迫だと大喜が叫ぶ。
組長に想いがあるなら、このドアは開くはずだ。
開けば佐々木が組長に想いがある証明になり、大喜にはある意味敗北なのだが、それでも身体を繋いだ方が勝ちだという思いが強い。
寝てしまえば佐々木も自分を好きになる、という自信が大喜にはある。
今までがそうだったからだ。
別れさせ屋のバイトでも成功率が高かった為、肉体的に陥落させた相手は自分を好きになると思い込んでいた。
それでも、返事がなかった。

「そうか、オッサン、俺が組長にケツを貸してもいいんだな。俺は本気だからな。オッサンが俺に冷たいのはよ~~~く、わかった。案外、組長さんは優しいかもしれないし、エッチも上手そうだし…俺、組長さんに可愛がってもらってくる。文句ないよな? ははは、俺、さっき自分で浣腸までしたんだ。組長さんも、俺の身体、気に入るかもしれない。オッサンと違って、俺は若くてピッチピッチだ。いいんだよな? じゃあ、な」

最後に腹いせ紛れにドアを思いっきり蹴飛ばそうと、振り上げた足をドアに向って押し出した。
それまで動きのなかったドア板が遠のき、振り上げた足は目的地を失った。
大喜はバランスを崩し、前のめりに倒れた。

「イタタッ、」

倒れ方が悪く、大喜は顎を打った。
顎も痛いが自分の歯で口の中を切ってしまい、口内に血の味が広がる。

「くそガキ」

顎をさすりながら床から声の方を見上げると、佐々木が仁王立ちで大喜を見下ろしていた。

「来いっ!」

佐々木が大喜のパジャマの襟を掴み、ベッドに放り投げた。

「一緒に寝てやるから、そのまま、そこにいろ」
ベッドの上に転がった大喜を残し、佐々木が一旦部屋を出る。

「ちょ、オッサン、どこ行くんだよっ!」
「すぐ戻る。黙ってそこにいろ」

かなり佐々木も立腹している感じだが、大喜とベッドを共にする気にはなったらしい。
第一関門突破かと、大喜は痛む顎をさすりながら、内心ではほくそ笑んでいた。
数分後佐々木は戻ってきた。
手にしているのは、ロープと救急箱とタオル。

「ロープって…オッサン、もしかして…そういう趣味か?」

佐々木にSMの趣味があったのか、と純情と思っていたヤクザの隠れた一面を見た気がした。
尻の心配しかしておらず、そっち方面でどんな目に遭わされるのかと、一気に恐怖が大喜を襲う。

「趣味ってなんだ? ごちゃごちゃ言わず、顔を貸してみろ」

佐々木が大喜の顎に触れる。
ビクッと、大喜の身体がしなった。