ヤクザ者Sの純情!20

「腫れたな。骨は大丈夫そうだ。これで冷やせ」

渡されたタオルは氷水で絞ったらしく、かなり冷たかった。
言われた通りに冷やしている間に、佐々木が救急箱から湿布剤を取りだし、器用に大喜の顎の大きさに合わせてカットした。
手当をしてくれるのか、オッサン優しい、とロープのことが大喜の頭から飛ぶ。

「それが、オッサンの俺への気持ちとかいう?」

顎に合わせてカットした湿布が、ハート型に見える。
自分が切った湿布剤の形に含まれる意味を理解したのか、佐々木の顔が赤くなる。
本人は、ただ大喜の顎に貼りやすいように切ったつもりだった。

「黙って顎を上げろ」
「照れなくてもいいのに」

佐々木が大喜の頭を「うるせ~」と軽く叩く。
タオルを取り上げ、大喜の顎に湿布剤を手際よく貼った。

「お前、俺と一緒に寝たいんだよな? その為には何でも我慢するか?」

救急箱を片付けながら、佐々木が大喜に尋ねた。

「我慢?」

佐々木の手には改めてロープが握られていた。
手当ての最中忘れていたロープの存在。
大喜の脳内をSMの文字がメリーゴーランドよろしく回り出す。

「どうなんだ?」

キリっとした射るような視線で佐々木が大喜の返事を促す。
尻を提供する覚悟は、この仕事を受けた時に既にしていた。
今夜は自分から身体を提供する、
いやむしろ、佐々木を襲うぐらいの心づもりで準備をした。
だが、自分の覚悟は足りなかったんだと、大喜は自分の甘さを実感した。
恋愛事に弱そうな中年男でも、相手はヤクザだった。
心は純情でキスしただけで固まるような人間でも、いざセックスになると、荒事を好むのかもしれない。
浣腸までしたんだ。
ここで引き下がるわけにはいかないのだ。

「問題ない。我慢する。好きにしろ」
「見上げた覚悟だ」

ロープを手にしたまま、ガーゼ地の肌掛けを広げた。

「この上に横になれ」

言われた通りに大喜が肌掛けの上に横たわると、佐々木が肌掛けで大喜の身体を包んだ。
大喜は首だけ出した状態だ。

「…オッサン?」

佐々木が何をしたいのか分からない。
しかし、次の行動で佐々木の真意が読めた。
肌掛けの上から、グルグル巻きにロープを掛けたのだ。
足の先から肩まで身動きが取れないよう、螺旋状に下から上、交差させ、上から下、更に足首の細くなった部分で、何重にも巻かれた。

「よし、これでいい」
「よくな―――っい!」

ミイラか蓑虫かといった状態の大喜を、掛け布団の中に押し込むと、佐々木もその横に身体を滑らした。

「一緒に寝たいんだろ? 安心しろ、一緒に寝てやる。寝るぞ」
「ち、ちが―――っう。これじゃ、動けないっ!」

ふん、と佐々木が鼻で笑う。

「寝相の悪いガキはごめんだからな。寝ぼけて組長に粗相を働きに行かれても困るし。俺と寝るなら、何でも我慢するんだろ? 動けないぐらい何でもないよな?」
「寝るの意味が違うだろっ! オッサンいい年して、そんなことも分からないのか? あ? 浣腸までしたのに…。腹、相当痛かったのに…。オッサンがサドの変態でも我慢しようと覚悟したのに…ひでぇ~」

佐々木に唾が飛ぶ距離で、大喜が吠えた。

「誰がサドの変態だって? 至近距離で叫くな。鼓膜が破けそうだ。寝るぞ」

佐々木がリモコンで部屋の明かりを消す。

「オッサン、オイ、本当に寝んのかよ」
「るせ~な。ヤクザの朝は早いんだ。五時には起こすからな。サッサ寝ろ。それ以上騒ぐなら口にガムテープ貼るぞ」
「五時、嘘だろ…それ、まさか俺も?」
「ああ。分かったら目を閉じろ」

ヤクザの朝が早いなんていう話し、聞いたことがない。 
夜のバイトの時でも、それっぽい人間はだいたい深夜に多くお目に掛かる。
掛け持ちバイトと大学で、夜から朝まで起きていることには慣れている。
睡眠も少しで大丈夫の身体になってきた。
しかし、世間一般の就寝時間に寝て、早朝起きる自信がない。

「オッサン…、いくら何でも早すぎないか? オッサン? オイ、まじ?」

佐々木は既に寝息を立てていた。

「寝付き良すぎだろ。オッサン、幼児か?」

ブツブツ文句を言ってみるが、起きる気配はない。
目的は達成出来ないし、起床時間は早いし、大喜はかなり凹んだ。