ヤクザ者Sの純情!1

『どうして…こんな……』

主人公が動かなくなった恋人を前に泣き崩れている。
現代版ロミオとジュリエット。
もともと携帯小説で話題になったものが、映画化された作品。男には辛い。
甘ったるくて、嘘くさくて、どこがそんなに面白いのか理解しかねるが、コレも仕事のうちだ。
映画を見たくて、映画館に来たわけではない。
大森大喜(おおもりだいき)十九才は、欠伸が出そうになる度に、仕事だ、仕事だと、自分に言い聞かせた。
そろそろ、「泣き」のシーンだ。
観客を泣かせようという意図が感じられる場面に、ウンザリしながらも隣に座る女の手を握る。
早く結果を出したかった。
この後、ホテルに連れ込むには、スキンシップが一番だ。
女が感動して涙を流すところで、そっと手を握る。
一緒になって感動しているフリをする。
そうすることで、女は堕(お)ちる。
今日、ここで、勝負を決めなかればならない。
この映画が終わるまでが勝負なのだ。
握った手を放すことなく、映画館を出てその流れでホテルに誘う。
関係を持ってしまえば、こっちのものだ。
きっと、今付き合っている男より、自分を選ぶと大喜は計算している。
そう、これは、仕事なのだ。別れさせ屋のバイトなのだ。
そういうバイトができるのも、ひとえに大喜の容姿が人様より優れている所にあるのだが、本人は自分の容姿が金になるとは、つい最近まで知らなかった。
金が必要で、飛び込んだ「何でも屋」のバイト募集に、引っ越しの手伝いでも何でもします、と頭を下げたら、回ってきたのがこの仕事だった。
今回で三人目。
前の二人は上手くいった。二人とも、やはりこの映画館で、この映画で堕とした。
涙を流させスキンシップを同時に行うと、女の尻が軽くなることは、このバイトの先輩から教わった。
最初は半信半疑だったが、実際その通りだった。
映画のヒロインになったつもりで、愛に浸りたいのか何なのか、良くは分からないが、簡単に足を開くのだ。
好みの女じゃなくても穴があれば突っ込めるのは、大喜がまだ若いからだろう。
成功報酬は一件につき、五万円の経費別だ。悪くないバイトだ。
三人目にもなると、要領も分かってきて、手を伸ばすタイミングを計るようになっていた。
手を握った瞬間、大喜はいつもと違うターゲットの様子に途惑った。
泣いているはずの女がクスクスと笑っているではないか。
(どういうことだ? この場面で笑うって、頭おかしいんじゃねえ?)

「何が、おかしいの?」

大喜が女の耳元で囁いた。

「横の人が…」

女の横のヤツに問題があるらしい。
女が、笑いを堪えながら、小さく隣を指さした。

「……マジか…」

暗くて顔は良く見えなかったが、中年のオヤジが、白いハンカチで、涙を押さえていた。
ハラハラと泣くのではなく、号泣している。
必至で声を抑えているようだが、肩がヒックヒックと上がっている。
男の大泣きする姿に、大喜も笑いが込み上げてくる。
そして、ハッとした。ヤバイ、これじゃ、仕事にならない。
泣き止め、このクソオヤジと心の中で念じたが、男は映画のラストまで嗚咽を殺して泣き続け、ターゲットは、笑いをかみ殺して耐えていた。
どうしてくれるんだ、このオヤジと、映画が終わり館内の照明が明るくなると、真っ先に中年男の顔を確認した。

(ひぇっ、傷がこえ~よ…)

泣いて充血している左目の横に走る傷跡が、ヤバイ人です、と物語っていた。
厳(いか)つい顔で、恋愛映画みて、大泣きするかよ…と、大喜の脳内に、しっかり中年男の顔は刻み込まれた。

「大森君、今回は報酬無しだから」
「はい、それはもう、よ~く、分かっています」

大喜は、昨日の仕事の結果を報告に来ていた。
成功しなかった三回目の別れさせ屋の報告だ。

「それと、経費も出ないよ」
「え? 映画代とジュース代と、ポップコーン代、全部自腹ですか?」
「うちだって、成功しなきゃあ、金入れてもらえないんだから、しょうがないだろ。楽勝だって豪語してたのは、君だ。敗因は君にあるんだろ?」

何でも屋の経理兼、社長を前に、大喜は『違うんです、俺のせいじゃないんです」とは言えなかった。
変な中年男が泣いてたから成功しませんでしたと言った所で、所詮いい訳だ。
ここでごねて次の仕事を回してもらえなくなるのは困る。
今回は結局赤字だが、成功すれば、大きな金になる。
五万が大きいかどうかは別にして、他のバイトよりは割りがいい。失うには惜しい仕事なのだ。

「俺の責任です。次、頑張りますので、また、よろしくお願いします」

深々と頭を下げた。

「続ける気あるんだ。そんなに金が必要?」
「はい。金になる仕事がありましたら、別れさせ屋以外で気に留めておくよ」

今の大喜にはいくら金があっても足りなかった。
全て、借金の返済に回るのだ。
まだ、成人もしていないというのに、総額六百四十三万円の借金を抱えていた。
その大半は、真っ当な所からじゃない。
未成年に保証人無しで貸すようなところが、真っ当なはずがない。
サッサと返済してしまわないと、直ぐに一千万の大台に届くだろう。
何故、大喜が借金を抱えるようになったかというと、答えは簡単、株と先物で大損したのだ。
学校教育にも責任があると思うのだが、大喜の通っていた私立高校では、授業で株のトレードのシミュレーションをやっていた。
遊び感覚でやっているときは、仮想とはいえ、億の儲けを出していた。
周囲からも「君は、才能がある」と、もてはやされ、すっかり自分には株の才能があると思い込んでしまった。
その思い込みを持ったまま、大学に入学後、今度は実践に移った。
最初は、試しにとバイトで溜めた二十万を元手にデイトレードから始めた。
そこで元手を倍にしたことで、すっかり味をしめた結果、手を広げすぎたのだ。
損失分が出始めた頃に、一旦退(ひ)けば良かったのだ。
最初は友人から資金を借りていたが、損失分が脹らんでくると間に合わず、保証人不要の張り紙を頼りに、借金をするようになっていた。
取り戻そうと焦ったあげく外国株に手を出してしまい、為替の変動で大損をし、そこでやっと株での穴埋めは諦めた。
それ以来、大学の合間はほとんどバイトに明け暮れている。
しかしながら、減るどころか、利息分で借金は日々増えていた。
学費と仕送りをしてくれている親に相談出来るはずもなく、少しでも金になる仕事があると、飛びつく日々だ。

「あの、クソオヤジのせいだっ!」

何でも屋の事務所を出ると、腹いせ紛れに電柱を蹴飛ばした。
当たり前だが、足の方が柔らかい。
結果、痛む足を引きずって次のバイト先へ向かう羽目になった。