ヤクザ者Sの純情!2

「ミネとアイスを三番テーブルへ」
「はい」

大喜は夜は週三日キャバクラのボーイ、週四日は風俗の呼び込みのバイトをしている。
それに掛け持ちで、週三回早朝まで開いているクラブでも働いていた。
仕事はボーイ兼雑用。
最近は睡眠時間のほとんどが、大学での講義中という有様だ。
別れさせ屋は単発仕事なので、それだけでは借金の返済は追い付かない。

「大森、足どうした? ミネとアイス落とすなよ」

キャバクラの支配人が、大喜の歩き方がおかしいことに気付いた。

「大丈夫です。足はただの捻挫ですから大したことありません」
「そうか、じゃあ、それ運んだら、六番テーブルに伝票を。相当酔っぱらっているが、支払いはしっかり、させろ。一見(いちげん)の客だから、後がない」
「はい、行ってきます」

いくら腹いせ紛れとはいえ、なにも電柱を蹴ることはなかった。
折れてないのは分かっているが、かなり腫れている。靴がパンパンだ。

「ダイダイ、ありがとう」

ダイダイとは、大喜の事である。
名前に大が二つも付くので、店のキャバ嬢達は大喜のことをダイダイと呼ぶ。
最近は馴染みの客からもダイダイと呼ばれるようになってきた。
女の子から呼ばれる分にはいいが、同性からダイダイと呼ばれるのは、小馬鹿にされたようであまり好きじゃなかったが、接客業なので、そこは笑顔でハイと二つ返事だ。
ミネラルウォーターと、アイスを三番テーブルに置くと、直ぐさま六番テーブルに伝票を運んだ。
この店はテーブル精算だ。
支配人の言っていたとおり、かなり酔っている。
疲れた中年サラリーマンが、羽目を外し過ぎたというところだろうか?
金はちゃんと持っているのだろうか?
大喜は揉め事が苦手なのだ。絡まれると直ぐに手を出したくなる。
まあ、一言で片付けるならば、短気なのだ。

「ありがとうございました」

スッと、革の伝票ケースごと客の前に差し出す。
かなり酔いが回っていて、それを掴んで自分の目の前に持ってくるだけでも、この客は三回落とした。

「五万三千円…って、ここは、ぼったくりバーかっ!」
「お客さま、滅相もございません。通常は一万円でも十分楽しんで頂けます。ただ、お客さまは、ボトルもキープされましたし、フルーツも三回頼まれてますし、何よりうちのナンバーワンキャバ嬢ルイを長時間一人占めですから。カードも受け付けておりますが?」
「バカにしてるのかっ、金ぐらい持ってるぞっ、俺を誰だと思っているんだっ!」
「えっと…」

付いていたルイに目配せするが、『知らないッ!』と、手を小さく振られた。

「金ならあるっ、持っていけっ!」

財布から、万札を取り出すとソファーの上に立ち、ばらまいた。
ヒラヒラと金が舞う。

「釣りはいらなねえからな。チップでとっとておけ、この薄らボケがっ!」

別に怒らせるようなことはしたつもりはなかったが、客は大喜が気に入らなかったようだ。
まあいい。散らばった札を拾い集めることに集中してしまった。二〇万はありそうだ。
チップとして、ルイと分けてもかなりある。
一枚一枚、拾い上げていると、支配人が駆けてきた。

「大森、呑気に金を集めている場合か。ルイがあの客に引っ張られて行ったぞ。外に連れ出された。連れ戻してこい」

支配人が、集めた金を全部持っていってしまった。
俺のチップ分が…と大喜が支配人の後を追おうとしたら、さっさ行けと追い払われた。
自分が連れ戻しに行けばいいのに、と痛む足を引きずって酔っぱらいの客とルイを追って大喜が店の外に出た。
どこにいるんだ、そんなに遠くへは行ってないはずだが…大喜が痛む足を引きずって店を出た二人を追った。
直ぐに二人は見つかった。さっきの男が、キャバ嬢ルイの手を引いている。
ルイが男に「変態放せっ!」と、怒鳴っている。
人だかりができつつあったが、誰もルイを助けようとはしない。
酔っぱらい相手に、とばっちりを受けるのがイヤなのか、キャバ嬢と客の痴話ゲンカに興味あるのか、遠巻きに見ているだけだ。
そこへ、大喜が割り込んだ。

「お客様、うちの娘(こ)を返して頂けないでしょうか? お持ち帰りのシステムはございませんが」
「なんだ、てめぇ~は、さっきの生意気なガキか。ふん、ないなら、システム作れや、俺はこの子が気に入った。金は払っただろうが」
「ええ、余分にチップまで頂きましたが、それはあくまでもチップでございまして。うちは売春の斡旋は行っておりません」

大喜が、男の手をルイから放そうとした。

「うるせぇ~、退けっ! 邪魔するなっ!」

男の空いた方の手が、大喜の胸ぐらを掴んで地面に大喜の身体を叩きつけた。

「ダイダイに何すんのよ、オッサンッ!」

ルイが男の腕に噛みついた。
これには酔っぱらいも驚いたらしく、男の手がルイから離れた。
大喜はヨロヨロと立ち上がった。尾てい骨も背骨も痛かった。
そうでなくても、今日は足が痛かったのだ。
またしても、相手は中年の男かと思うと、大喜の中でプツンと何かが切れた。
そう、もともと短気なのだ。

「やりやがったな~、もう、てめぇは客じゃね、この野郎ぅううううっ!」

頭に血が上っていた。
痛みなど吹っ飛んでいた。
アドレナリン全開で、大喜は男に向かって頭から突進して行った。
たかが、酔っぱらい一人と、甘く見過ぎていたのかもしれない。
相手が悪かった。酔っぱらいのくせに、強いのだ。
ふらふらになりながらも、大喜を躱(かわ)し、大喜の腹に確実に拳を入れてくる。

「ガキにやられる俺様じゃねえんだよ。そろそろ、小便ちびる頃じゃないのか?」

倒れたところを、今度は蹴られる。
ルイが、やめて、死んじゃう~と悲鳴をあげていたが、男がやめる気配はなかった。

「人のシマで、何やら騒動しいな?」
「さ~ちゃん、助けてっ! ダイダイが死んじゃう」

知らない声がしたと同時に、大喜を痛めつけていた蹴りが止んだ。

「ひえっ、…あんた…、」

酔っぱらいの声が上ずっていた。

「俺の顔を知っているのか? どこの組のもんだ?」
「…組なんて…、滅相もございません。…ただの…ただの…」
「ただの、なんだ? 酔っぱらいか? 酔っぱらいが、桐生のシマで乱闘か? 喧嘩には自信ありそうな感じだったが」
「…も、申し訳、ご、ございませんっ! ひぇええっ」

大喜が、痛む腹を抱え、立ち上がった時には、酔っぱらいの男は遠くへ走って逃げた後だった。

「若いの、大丈夫か?」

全然大丈夫じゃなかった。
助けて貰ったことになるのだろう。
何やら堅気じゃない人間らしいが、礼を言うのが筋だ。
大喜が、腹を押さえたまま、顔をあげ男の顔を見た。

「…あ、んたっ!」

左目横に傷のある、男が立っていた。