ヤクザ者Sの純情!13

「おい、ガキ、我が儘言ってると、佐々木に愛想尽かされるぞ。好きなら、もっと、大人になれ。まあ、大人すぎるのも味気ないが、ヤクザの事務所の前で待ち伏せっていうのは、いつタマ取られてもおかしくないぐらい危険なんだ。分かったか?」
「…ハイ」

しおらしく大喜が返事をした。

「ガキ、佐々木の側にいたいなら、ウチに来るか?」

組長が、とんでもないことを言い出した。これには佐々木が慌てた。

「組長ッ、素人のガキを置いてどうしようって言うんですかっ!」
「雑務は沢山あるだろうが。お前に必要ない家政婦より、うちで庭の清掃やら家の雑務してもらった方が、効率的だ。誰も、ウチの組に入れとは言ってない。家政婦したいなら、仕事のあるところでしろってことだ」

大喜を抜きに話が進められていく。
どうなるんだと、大喜が佐々木を不安そうに見る。

「お前、佐々木の側がいいんだろ?」

目的達成の為には少しでも一緒に居たい。

「…いた、い…です」

それはそうなのだが、それとヤクザに家に入り込むのとは話が違うような気がする。

「ダイダイ、このバカッ、お前、こっち側の人間じゃないだろうがっ、簡単に考えるなっ!」

大喜が本宅に入り込むのを佐々木は止めようとしたが、組長の桐生に睨まれた。

「佐々木、なんでテメェが邪魔する? だいたい、このガキは、お前にとってなんだ?」

大喜も佐々木が何と答えるか知りたい。

「何と言われましても…、その…、躾け途中のガキで、家政婦代わりとしか、言いようがないですが…放っておくと、何しでかすか分からないヤツでして…」
「…放っておいたくせに……」

佐々木の回答に、大喜が不満げに呟いた。

「あ~、もう、分かった、分かった」

組長が笑いながら、大喜の頭をポンポンポンと叩いた。

「痴話ゲンカはここまでだ。いいじゃねえかよ、佐々木。こいつがお前の側にいたいんだ。ヤクザの怖さは知らなくても、お前がヤクザと知ってて、側にいたいんだろ? なら、淋しくてギャンギャン吠えられるよりも、うちで忙しく仕事させていた方がマシだろ。本宅なら、変な場所より安全だ。第一、佐々木は本宅に住んでいるんだろうが。ったくよ、家政婦なら、家に置け、違うか、佐々木?」

組長の中で、佐々木に恋する大喜の構図が出来上がっていた。
実は、途中から面白がっていた。
今まで特定の誰かと付き合ったことのない中年男が、ギャンギャン喚くガキを拾っていること自体が珍事なのだ。

「は、仰有る通りです」
「じゃあ、こいつを本宅へ連れて行ってやれ。今日のお前の仕事は、このガキの面倒だ。いいな」
「はい」

大喜のロープが解かれた。
佐々木が来いっと大喜の腕を掴み、事務所から引きずり出す。

「このぅ、大馬鹿たれっ!」

事務所を出るなり、凄い剣幕で佐々木に怒鳴られた。
事務所内で組長相手に頭を下げていた人間とは別人のような鬼の形相だ。

「のこのこ、こんな所までやって来て、本当にどうしようもねぇガキだっ」

佐々木一人だと、大喜も負けてはいない。

「好きこのんで出てきたわけじゃないっ! 俺はオッサンの所に置いてもらったはずなのに、場所移動しただけで、一人暮らし状態だったじゃねえかよ。日給、一万? ふざけんなよ。置いてもらってるだけ、有り難いんだよ。オッサン来なかったら、俺、することないっ! 仕事無しで日給もらえる訳、ねえだろ。恵んでやってるつもりかっ!」
「有り難いんなら人に迷惑かけるな、くそガキッ。文句言われる筋合いはない」
「あるっ! オッサンの嫌がる別れさせ屋の方がまだマシだろ。そこには、俺がすべき仕事があった。金はその報酬だろ。何もしないで、金くれるって、俺はオッサンの囲い者じゃねぇかよ。囲むなら、囲むでいいけどな、なら、俺を抱いてみろ。出来ないだろ。オッサン、泣き虫ヤクザだもんな」

本来の怒りの原因は、様子を見にも来ない佐々木に対しての苛立ちだった。
根底にあるのは、組長が口にしたとおり、淋しかったのだ。
今日は来るかな、明日は来るかなと待ち続けていると、本当に好きな相手を待っている気になった。
金の為に始めたことだったが、佐々木から興味を持ってもらいたいという気持ちが大喜の中で徐々に脹らんでいった。
引っ越し後一度も姿を現さない佐々木に、短気な大喜がブチ切れ、佐々木を捕まえるためにヤクザの事務所にまで出向いた。
佐々木を問い詰めるはずが、組長に詰問され、解放されたと思ったら今度は当の佐々木に怒鳴りつけられた。
そして今、逆ギレ状態で支離滅裂な買い言葉を発し、佐々木に抱いてみろ、と焚き付けている。

「馬鹿も休み休み言えっ!」

鬼の形相のまま、佐々木が大喜の頭上に拳骨を落とす。
二人の応戦合戦に、事務所からぞろぞろ見物人が出てきた。
もちろん、中に組長の桐生も含まれていた。