ヤクザ者Sの純情!14

「騒々しいな。サッサと荷物持って、本宅へ連れて行け。佐々木、一回ぐらい抱いてやりゃ、いいじゃねえか。ははは、ガキが自ら抱けと言ってるんだ。ガキ、俺が抱いてやろうか? 尻(ケツ)洗って、本宅で待ってろ」

もちろん、組長は冗談で言ったのだが、佐々木の顔が青くなる。

「組長っ! ヤケになるのは…その…」

佐々木には思うところがあり、それが冗談と捉えられなかった。

「変なこと言うな。俺がどうして、ヤケにならなきゃ、ならないんだ。自由の身なんだ。何をしようと、誰も指図も受けん。どうするんだ? 佐々木が抱くか、俺が抱くか? 佐々木が決めろ。そのガキはもっとも佐々木に抱かれたいようだがな」

また、大喜を抜きに話が飛んでもない方向に向かっている。

「…オッサン、まさか、俺をこの物騒なヤツにやらね~よな?」

佐々木に身体を委ねる覚悟は、この仕事を引き受けた時からだが、そこに、桐生の組長のオプションは付いていない。掘られ損だ。

「こら、ヤツとか言うな。組長だ」
「今、そんなことどうでもいいだろうっ! オッサン俺をこいつに抱かせる気か? どうなんだよっ!」

大喜が佐々木の袖を引っ張る。
佐々木の返事次第では、目標達成は遠のくし、別の覚悟を強いられる。大喜も必死だった。

「組長、まだ、こいつは躾けも行き届いてないようなガキでして。とてもじゃないが、組長の相手は務まりません。組長の相手は、他にいると存じております。アッシはガキと寝る趣味はございませんので、ご勘弁を」

佐々木が、頭を下げた。

「俺はガキでもいいぜ? 俺に誰がいるっていうんだ? ウルサイガキを別の声で啼かせるのも悪くないだろうし。よう、くそガキ、佐々木はお前に興味ないらしいし、俺と遊べ。可愛がってやるぞ? どうせ、経験ないんだろう」
「組長っ! ヤケになってはいけませんっ!」

どうしてだが分からないが、佐々木は大喜より組長のことを思って止めているらしい。
組長を必死で止める佐々木の姿が、面白くなかった。
喫茶店で耳にした、佐々木が組長一筋の人っていう言葉を思い出した。
それって、まさか…、と大喜の中で疑惑が生まれた。

「オッサン、」

大喜が佐々木と組長の間に入ると、佐々木の両腕にしがみつく。
なんだ? と怪訝そうな顔をした佐々木の唇めがけ、自分の顔を近づけた。
そう、佐々木に、キスをしたのだ。
これには事務所から出てきた野次馬一同が固まった。
もちろん、佐々木本人が一番固まっていた。
目を白黒させている。
組長は、一瞬、目が点になったが、直後から大笑いだ。

「俺は、オッサンのモノだし、オッサンは俺のモンだからな。唾付けたもん勝ちだ! 行くぞ、オッサン」

見てはならないものを見てしまったと、組長以外の野次馬はそそくさと事務所に戻り、組長は、一人腹を抱えて笑い転げていた。
そして、佐々木は心ここにあらずといった感じで大喜に連れられて行った。

「…車」
「ん? オッサン、何か言ったか?」
「……車を取りに」

佐々木の腕を掴んだまま、先を歩く大喜に佐々木が小声で呟いた。

「車?」
「…車じゃないと、本宅へは遠い。ダイダイの荷物もあるし…」
「車、あるのか?」
「事務所の駐車場」
「んもう、早く言ってくれよ」

事務所を出て一キロぐらいは既に歩いている。
また、その道を戻る。
またしても先を歩くのは大喜だ。
佐々木に場所を確認しながら駐車場に着いた。
黒塗りのいかにもヤクザ仕様のセダンが数台並んでいた。
その一つに二人は乗り込む。
もちろん運転するのは、佐々木だ。
事務所で大喜を怒鳴りつけた佐々木はどこに行ったのか、別人のような佐々木がハンドルを握る。
大喜はそんな佐々木のことはお構いなしだった。
佐々木の様子が変なことより、佐々木の想う人間があの組長だと勝手に確信し、勝手に闘志を燃やし、勝手に今夜中に、佐々木と関係を持ってやると決意していた。佐々木が自分をどう思っているのかという、佐々木の意向は一切無視で、大喜の脳内では事が進んでいた。

「……ダイダイ」

無言で運転していた佐々木が口を開いた。

「なに」
「……お前は……その…だ、」
「何だよ、オッサン、ハッキリ言えよ。そので分かるかよ」
「……スマン。えっ…と、お前は……俺のことが……す、」

す、で止まってしまった。
続きを待っていたが、先が出てこない。

「す? お酢が欲しいのか? 酢の物が食べたいのか? 酢の物はまだ習得してないから、ちょっと待ってくれ。直ぐに覚える」
「違うっ、そうじゃない。人の話をちゃんと聞け」

真っ赤な顔で、佐々木が慌てて否定する。

「聞けって、オッサンが『す』で止めたんだろ」

佐々木が深く息を吸い込んだ。

「お前は俺が好きなのかっ!」

吸い込んだ息を吐き出すと同時に、大声で叫んだ。

「あ~、もう、鼓膜が破れるかと思った。そんな大きな声出さなくても聞こえるよ。俺が、オッサンを好きかって? そんなこと、決まってるだろ。嫌いな人間の世話になろうとは思わない。惚れているかっていう意味なら、まだわからない。今夜分かると思う」
「…わからない、ってどういうことだ? 好きでもない人間と、ダイダイはキスをするのか? あ~あ、愚問だった。お前は人でなしだった。あ~、くそっ、もう、イイッ」

今度は逆ギレ状態だ。

「人でなしってな~、もうそのバイトやってないだろ。オッサンしつこいぞ」
「うるせ~、黙ってろ。くそガキ」

佐々木は、大喜の別れさせ屋のバイトを思いだし、本来の自分をやっと取り戻した。