ヤクザ者Sの純情!12

佐々木の塒(ねぐら)に越してきて一週間が過ぎた。
大喜は、只今怒りモードで桐生組第一事務所の前に立っている。
腕を組み、仁王立ちで、佐々木が現れるのを今か今かと待っていた。
初めて此処に来たときのように向かいの喫茶店で待てばいいものを、現れた瞬間にとっ捕まえてやると事務所の真ん前だ。
出入りする強面のお兄さん方に、何度も「邪魔だ、」と睨まれたが、ここで恋人と待ち合わせです、と退かなかった。
一台の見覚えのある黒い車が停まった。
助手席から若いチンピラ風の男が出てきて、後部座席のドアを開けた。
そこから降りてきたのは、佐々木だった。
まさか、事務所の前で大喜が待ち伏せしていたとは思わない佐々木は、降りて直ぐ、次に降りてくる人物を迎える体勢になっていた。
その人物こそが桐生組の組長なのだが、頭に血が上っていた大喜は、次に降りてくる人物などお構いなしに、佐々木に向かって突撃していった。

「オッサンッ、一体どういうつもりだっ! 俺をほったらかして、どこほっつき歩いてんだよっ!」

いきなり視界に現れた珍客に、佐々木も驚きを隠せない。

「ダイダイ、落ち着けッ!」
「落ち着けるかっ! オッサンのために、部屋の掃除は完璧だし、いつ来てもいいように、肉も魚も用意してるし、酒だって冷やしてんだよ。料理は苦手だから、本買ってきて、練習してんのにさ、どうして、来ないんだっ!」

佐々木の胸ぐらを掴んで迫る大喜の剣幕に、佐々木は押されていた。

「何だ、このウルサイガキは。佐々木のイロか?」

一人の男が車から降りるなり、凄みのある声で訊いてきた。

「組長っ、すみません! イロとかそんなもんじゃありません。アッシが拾ったガキです」

佐々木が、自分より先に組長に対して答えたことが、大喜の怒りを更に煽った。

「誰と話してんだ、オッサンッ、俺に答えろっ!」

大喜の剣幕にこりゃ駄目だと、佐々木ではなく組長が判断を下した。
最初に降車したチンピラ風の男に、このガキ、事務所へ連れて行けと命じた。
突然首根っこを掴まえられた大喜が、抵抗虚しく桐生組の事務所へ連行された。
大喜の暴挙から解放された佐々木が、ヤレヤレと頭を掻きながら事務所へと入って行く。
大喜は事務所へ入るなり数人の男に取り囲まれ、無理矢理折り畳み式の椅子に座らされ、暴れないようにと身体をロープで椅子に縛り付けられた。
佐々木が命じたわけでもないのに、大喜の口からは

「オッサン、解けっ! まだ話が終わってない!」

と、佐々木オンリーへの怒声が飛んでいた。
佐々木が、大喜の側へ近づこうとしたのを組長が止めた。
組長自ら、別の椅子を運び大喜の前に陣取る。
腕を組み大喜の全身を頭の天辺から足先まで観察すると、組長の大喜への尋問が始まった。

「ガキ、お前は何者だ?」
「テメーこそ何者だ!」

佐々木のことで、頭に血が上っている大喜は、目の前の男が皆に組長と呼ばれているにも係わらず、その男が、佐々木より若いということもあって、その本当の意味を理解していなかった。
大喜の態度に佐々木が「こらっ、」と制したが、組長が手をあげ、構わんとジェスチャーで示した。

「俺は、桐生組の代表、桐生勇一(きりゅうゆういち)だ。代表って意味がわかるか? 組長だ」
「組長がどうした! 町内会だって、組長ぐらいあらぁ~」

組長が佐々木の方を振り返る。

「このガキ、アホか?」
「はい、ご覧の通りです」

佐々木の返答に、大喜の脳内は再沸騰した。

「アホじゃないっ! 大森大喜だっ、文句あんのか~っ」
「あるだろ、ガキ。人の事務所の前で、うちの若頭を辱(はずかし)めようとしたんだ。それなりの理由がないと、ただじゃ済まされないぞ」

組長が短刀(ドス)を抜き、ヒタヒタとその刃を大喜の頬に当てた。

「ひっ!」

さすがの大喜も、縮み上がった。
罵倒し続けた相手、佐々木に助けを求める視線を送る。

「組長、勘弁してやって下さい。素人のガキで、ヤクザの恐ろしさも組長の恐ろしさ、いや、失礼しました…組長の偉大さもまだ分かっておりません。ホントに、拾ったばかりのガキなんです。アッシから、ちゃんと言い聞かせますんで」
「あれだけ、大騒ぎしたんだから、こいつなりの理由を聞いてやらねばいかんだろうが、なあ、ガキ」

今度は、反対の頬に刃を当てた。

「…あの…その……え…っと」

目の下が眩しい。
佐々木に指をさしだした時も恐怖で身体が震えたが、あの時は目を閉じていたし、光る刃を見ることはなかった。
刃の存在を肌で直に感じ、言葉がまともに出てこない。

「威勢が良かった割には、こんなオモチャが怖いとは、ヤクザ相手に啖呵切るには十年早かったな」

組長が刃を大喜の頬から除ける。

「話せ」

凄味のある声で促す。

「…佐々木の……オッサンが……俺が引っ越してから……一度も……来ない、から……。掃除して…、料理も練習して…ずっと、今日は、来るかな…今日は来るかなって、待っているのに……来てくれないから…俺…、俺…」
「つまり、佐々木のヤツが、お前を避けていると怒っているんだな?」
「…そういう訳じゃ…ないけど」
「なら、どういう訳だ? お前は佐々木の何だ?」
「…家政婦」

その言葉に組長が声をあげ、笑い出した。

「佐々木に家政婦は必要ないだろ。何でも完璧にこなす男だ。なあ、佐々木」

組長に同意を求められ、佐々木が返答に困る。

「要するに、この自称家政婦のガキは、佐々木が自分の相手をしてくれないと、駄々こねてるって訳か。ふん、可愛いじゃねえか」

ガキの我が儘みたいに言われ、大喜は面白くなかった。
しかし反論するには、怖い相手だと既に学習していた。