その男、激震!(5)

株式会社クロセの本社ビル。

「うわっ、」
 
昼の休憩時間が終わり、社長室から出てきた潤の腕を何者かが掴んだ。

「シッ、しずかにっ」
「―――佐々木さん?」
「ちょっと、こちらへ」
 
突然現われた桐生組若頭の佐々木に、潤は腕を掴まれたまま、社長室からほど近い運搬用のエレベーターの中に連れ込まれた。

「何事です? 組で何か事件とか?」
「…いや、組は問題ありませんが…そのう、今朝…、アッシのいない時に…」
「一階でいいですか?」
「はい?」
「大した用ではなさそうなので、お見送りします」
 
潤がエレベーターの階数ボタンを押した。

「大した用ですっ! 朝食の件、ダイダイから聞きました。ダイダイと組長を同席させることは出来ません」
「どうしてですか? 佐々木さんも一緒なんだから、問題ないでしょ?」
「…ダイダイだけじゃなくて、アッシと組長が…面付き合わせてっていうのも…その、あの、何というか…」
「ダイダイのことは口実じゃないの? どちらかと言えば、自分が組長さんと一緒に食事したくないだけでしょ。佐々木さん、それでもヤクザ? 男らしくない」
 
佐々木の顔が情け無く歪む。

「――ですが、組長もアッシやダイダイと食事をしてもですね…、不愉快なだけかと」
「どうして?」
「どうして、って…言われましても…。潤さま、この通りですっ!」
 
佐々木が頭を深々と下げる。 

「お願いです! 潤さまの口からボンにこの件はなかったことにして頂くよう、頼ん下さい」
「嫌です」
 
と、潤がキッパリと言ったところで、エレベーターが一階に到着した。

「どうぞ、お引き取りを。社長と私の朝の貴重な時間がこれ以上桐生に奪われないよう、佐々木さん、しっかり頼みます」
 
エレベーターのドアが開いたところで、潤が佐々木の背中をドンと押した。

「え?」
 
まさかの不意打ちに、ケンカ慣れしている佐々木も避けきれずエレベーターから押し出された。

「では、仕事がありますので、これで」
 
まだ話が終わってないとエレベーターの飛び乗ろうとした佐々木は閉まったドアで鼻を強く打ち付けた。

「潤さまっ!」
 
運搬用のエレベーターだったため、降ろされた場所も人目に付かない場所だった。
もし、誰かに目撃されていたなら、強面の中年男が鼻血を垂らして縋るように叫ぶ姿は、かなり滑稽だったに違いない。