「社長、どういう経緯か伺っても構いませんか？」

潤が秘書の口調で黒瀬に問う。

「ん～、説明してあげたいけど、秘書さん、この時間は仕事があるんじゃない？　秘書課は全員揃っていたよ」

朝礼の時間だ。
クロセでは課ごとに朝礼がある。
毎日行う課もあれば、週一という課もある。
秘書課は毎日だ。
毎日だが、全員揃うことは珍しい。
重役に朝から呼び出されたり、出張に同行したりと、時間に関してはフレキシブルな対応が求められるからだ。
今日は珍しく全員が揃った日だった。

「ダイダイのことは社長にお任せします。失礼します。話は後ほど」

潤が仮眠室から出て行った。
潤が座っていた大喜の隣に、黒瀬が陣どる。

「…黒瀬さん、オッサン、何やらかしたんだ？　香港に飛ばすぐらいだから、とんでもないことをやっちまったのか？」
「イヤだな。とばすって、人を極悪非道みたいに言わないで欲しいな」

みたい、じゃなくて、そのものだろ。
極道より極道らしいって、桐生の奴らビビってるじゃん。

「じゃあどうして？　紅茶ぐらい、日本にいても買えるだろ。香港にしか置いてない種類ならお取り寄せでもいいだろ！」
「買いに行きたい、行かせて下さいって、ゴリラが頼むから仕方ないじゃない。パンツ一枚で海の底に沈むより紅茶を買いに行く方がいいって我が儘言うんだから。それなら、ってなるのが人情ってものじゃない？　それとも小猿は海の底に沈めた方が良かった？」
「…やっぱ、そうじゃん。何かしたんだ…。それで黒瀬さん的に価値がある仕置きを実行中ってことなんだろ？　紅茶じゃなくて、売ってる店が特別なんだ…そこに行かせることに意味がある……」

――やはりこの子は頭の回転が速い。
先が楽しみ…と黒瀬の大喜に対する評価があがる。
株にも精通している大喜には先をよむ力がある。
全部を話す必要がない。
打てば響くというが、打たなくても響く。
そういうタイプが黒瀬は好きだ。
もちろん、恋愛とは別の次元で。

「ふふ、美味しい紅茶を期待して帰りを待ってたらいいんじゃない？　ゴリラが紅茶に精通してるとは思えないけど、あの店に置いてあるのはどれも高級だから。ただ、いつ戻って来るのかはわからないけど。急なことだったのでゴリラも蚤もパスポート持ってなかったから、直接船に動物を運んでくれって頼んだ」
「…ヤバイじゃん、それ、マジヤベ~じゃん！　密入国させたのかッ！」
「まだ『させて』ない。船だと日数掛かるから。早くて三日後じゃない？」
「…酷いよ…。黒瀬さん、オッサンをもっと大事に扱ってくれよ…。若頭だぞ？　桐生のナンバーツーなんだ。ぞんざいに扱うの止めてくれ…オッサンに何かあったら、どうしてくれるんだよ」
「やだな。私が悪いみたいに言わないでくれる？　そもそも綺麗な女性に唆されて、二匹して私のところに来るから、その女性が望むことを与えただけだけど」
「ルーシー…」
「なんだ、ルーシーを知ってるんだ。面白くない。小猿のせいで喉が渇いた。秘書課に行って、紅茶を淹れてきて。ふふ、くれぐれも潤の仕事の邪魔をしたらダメだよ」

他の社員に会ってもいいのかよ、と大喜は思ったが、この会社の社長が言うのだから構わないのだろう。
黒瀬の意で動かされている佐々木の動向を知るには、黒瀬本人から聞き出すしかない。
黒瀬の機嫌を損ねないように、大喜は秘書課へ出向いた。

時枝です。まず無事に着くか…それが問題のような…今日も応援ありがとうございますm(__)m
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