その男、激震!(119)

「若頭、頭を上げて下さい! 俺に頭を下げるなどあってはいけません!」

佐々木が何かを誤解していることはわかった。
だが何を誤解しているのかまで、ハアハアと心拍数が上がった状態の木村は、思考をフル回転させることはできなかった。
誤解より今は先に進む方が先だと木村は判断した。
手土産も大事だが、早く黒瀬の元にいかねば、遅刻扱いで何を言われるのかわかったものじゃない。
組長代理で桐生の第一事務所に黒瀬が顔を出していたときも、時間にはうるさかった。
時枝も厳しかったが黒瀬の場合、生命に危険を感じさせる厳しさだった。
指の一本じゃなく、命そのものに、だ。
もちろん時間だけじゃなく全てにおいて厳しいのが黒瀬で、おかげで覚悟の足りない者は去って行った。
去る者を追うのがこの世界なのだが、そこは黒瀬。
利益にならないことに時間や労力を費やすことはなかった。
そういう面では残っている組員は仕事にできる人間となる。もちろん白崎はその後に入ったので、黒瀬の厳しい指導は受けていない。

「いいんだ。立場はどうあれ、お前の気持ちに応えられない以上、ここは頭を下げさせてくれ。だが、仕事は別だ。俺と一緒に組を盛り上げてくれ。気まずいだろうが、よろしく頼む」
「言われるまでもありません! 俺は組に入ったときから、組長はもちろんですが、若頭に命預ける覚悟でやってます。だから、爬虫類を忘れて先を急ぎましょう! 武史様を待たせるわけにはいきません!」
「アア…命、預かったぞ。男ならそういう愛もある。今、わかった…。お前が昔大喜を敵視していたのは、そういうことだったんだ…すまね~、俺が鈍感なばかりに。幸せなところばかり見せつけてしまった。前にもお前が俺に傍惚れしてる言動はあったが、木村が否定したから、俺の勘違いで収めていたが……やはり真実はそっちか。お前の結婚が上手くいってない原因は俺だったんだ…本当にすまね~~~、許せ、木村。細君に頭を下げる方が先か???」

ダメだ…時間が気になって、若頭が何をいっているのか耳に全然入ってこない。

「はい、許します! だ~か~ら~~~~~、行きますよ!」

木村は佐々木の腕に自分の腕を組み、走り出した。
組んだと思ったのは木村だけで、佐々木は木村が大胆にも腕を絡ませてきたと困惑していた。