その男、激震!(116)

「この方は時枝組長です! あ、違った…。時枝前組長です! 我らの時枝さんです!」「我ら、は余分ですけど、時枝です。時枝勝貴です」
「失礼なことを言うな! 時枝さんに女装趣味などない! お前、何者だ! 声まで真似て、どういうつもりだ!」

予想外の佐々木の反応だった。
まだ時枝だと信じたくないのか、偽物扱いされる始末だ。

「はあ、まさか激怒されるとは思いませんでしたよ。趣味でやっているわけではありませんよ。私だと分からないように武史の提案ですよ。馬鹿げた提案だと思いましたが、正解ですね。勇一、佐々木さん、木村、三人が見抜けなかったということはこの姿なら日中でも出歩るけますね。誰も『時枝勝貴』とは思わないでしょう」
「あ? あああ? アー――ッ! ウォオオオッ! アッシとしたことが…ああ、なんということを…なんという失態ッ!」

佐々木が靴を脱ぐと床に正座し、手を前に付くと頭を深く下げた――土下座だ。

「佐々木さん、頭を上げて下さい。一旦、メークを落とした方がいいようですね」

時枝がバスルームに向かう。

「――つまり、若頭…」
「…なんだ、木村」
「組長は時枝さんとご一緒だった…浮気じゃなかった…女じゃなくてよかったってことですよね」
「…ああ。やはり組長は漢だ。浮気じゃなくて良かっ…」
た、と言い終わる前に、時枝の声が割り込んできた。

「それは違いますよ、佐々木さん。あのアホは女装した俺を俺と気付かずこのホテルに連れ込んでコトに及ぼうとしたんだ。思い出すだけで腸(はらわた)が煮えくりかえる。あの浮気者!」 

メークを落とした時枝が戻ってきた。

「時枝さん! 本当に時枝さんだ!」

怒りを露わにする時枝は、眼鏡がないもののまさしく二人が知る時枝勝貴だった。

「時枝さん! お帰りなさい。お勤めご苦労様でした」

…若頭、それ、違うから…それじゃあ、ムショ帰りになってしまいますよ、と木村が心の中だけで突っ込む。

「ゴホン、塀の中からではなく墓の下から、もとい、福岡から戻って来ました。再会を祝いたい気持ちは山々ですが、仕事です。二人には私とチームを組んでもらいたいと思っています。チーム時枝の始動です!」

ニコリと時枝が微笑んだ。