その男、激震!(105)

「行けったら、行け!」
「…分かった…」

いや、何一つ分かっていない。
だが勇一は一人でベッドから降りた。

『――バカ…』

時枝の声がしたように感じ、勇一が振り向く。
時枝は枕に顔を埋め勇一を見ていなかった。
空耳か? と勇一はバスルームに向かう。

「分かった、ってなんだ。分かったって! あのアホ、本当に出て行くつもりじゃないだろうな。ヤリ逃げか? 勇一のくせに、勇一のくせに、勇一のくせに……」

枕が時枝の声を吸収していた。
そして目から流れる水分も。

「嬉しいに決まってるだろ、ドアホ。…俺がどれだけ待ってたと思ってるんだ。結婚式の翌日…本当はこんな風に二人で一緒に朝を迎えるはずだったんだ……人が3年越しの幸せを噛みしめている時に、軽いノリで『久しぶりだよな~』って何なんだっ。…そんな次元じゃないっ……アイツはやっぱ、バカだ…俺を興味本位で押し倒した時からバカだ……いや、そもそも勇一はバカだから、俺に勉強を……勉強を……」

感情が吹き出すにつれ、過去のアレやコレが蘇る。
出会いの中学時代まで遡って感傷に浸っている時枝は、バスルームから戻ってきた勇一の気配に気付かなかった。

「やっぱ、嬉しかったのか。全くこの嫁は素直じゃない」

突然、時枝に全身を覆う重さがのし掛かり、

「!」

時枝の顔の下の枕が抜かれた。

「ゴメンな、勝貴」

勇一が時枝の顔を覗き込もうとする。

「――見るな」

羞恥で時枝の顔は真っ赤だ。

「全くお前は可愛いよな」
「…勇一、卑怯だぞ」
「どうして?」
「分かったって言ったくせに」
「ああ、顔を洗えって言うから、顔を洗った」
「――出て行けとも言った…」
「そうだったか?」

そこもちゃんと聞こえていたが、可愛い本音を聞いた後だけに、勇一は敢えてとぼけてみせた。