――三十分後。
ホテルの一室には、蜂にでも刺されたかと思うほど、顔面をボコボコに腫らした勇一がポツンとベッドの端に腰掛けていた。ブツブツと何か言っている。
「あ~、さっぱりした」
バスルームから出てきたのは腰にバスタオルを巻いただけの時枝だ。
その顔にトレードマークの眼鏡はなかったが、間違いなく時枝だった。
どこにも勇一が連れ込んだルーシーの姿はない。
あるのはルーシーが存在したという残骸―――ロン毛のウィッグに女物の服にハイヒールにバッグ―――だけ。
「……本当に…勝貴だ……」
幾分ガッカリ気味の勇一の声に、時枝のこめかみがピクッと反応した。
「ルーシーの方が、俺より良かったといいたいのか?」
そう言いながら、時枝は勇一の前まで来た。
「悪かったな、俺で!」
「ひっ!」
声にならない悲鳴が勇一から上がる。
スネを時枝が力加減なしで蹴ったのだ。
「暴力反対!」
散々、殴られた後だ。
その上、弁慶の泣き所まで蹴られ、勇一の目には涙が浮かんでいた。
「泣くな、浮気者!」
「仕方ないだろ! 色々、俺だって……その……クソッ、すっげぇ、驚いて、…嬉しいのにっ、怖いってなんだ! しかもイテェんだよっ!」
「支離滅裂なことを言うな! バカが伝染する」
「ひぃいい!」
時枝は、ご丁寧にも、もう片方のスネまで蹴った。
「鬼! 悪魔! …なんてことしやがるんだっ」
「なんてこと? こういうことをするんだよっ!」
両スネの激痛に苦しんでいる勇一を、時枝が押し倒した。