その男、激震!(94)

 

「ルーシーって呼んでもいいのか?」
「はい」

喉を絞った裏声じゃなく、地声も聞いてみたかった。 
だが、頼んでも応じないだろう。

「ママ、このルーシーがそうなんだな」

流れからして間違いないと思うが、一応確認をとる。

「ええ。うちには私とこのルーシーだけですから」
「そりゃ良かった。好みだ」

勇一の発言を受け、ママがルーシーに目配せをした。 
ルーシーは「ちょっと失礼します」と奥に入った。

「出ましょう」

帰りの身支度を整え戻って来たルーシーが、勇一を誘う。

「ああ」

勇一が財布から一万円をカウンターに置く。
ビール代としては十分なはずだ。

「クロセの社長から頂いてます」
「じゃあ、綺麗なママにチップだ」
「ありがとうございます。ルーシー、明日は休んでいいから」
「はい。ママ、ありがとう」

ママの言葉を深読みしたルーシーの頬が赤らむ。

「ママ、邪魔したな」

リリーを出た勇一はルーシーを伴ってタクシーを拾おうと車道に向かった。

「あ、ゴメンなさい」

ルーシーがふらつき、二人の距離感が縮まる。

「大丈夫か?」
「新しいヒールに慣れなくて」
「俺に寄りかかれ」
「…それはちょっと…恥ずかしいです。まだ会って間もないですし」
「すぐに親密になるんだから、前倒しでいいじゃないか」
「…まだ、お名前をどう呼んでいいのかも迷っているのに…」
「勇一だ。勇一でいい」
「お客さまをファーストネームで呼ぶのは…ちょっと抵抗があります」
「なくせよ、そんなつまらない抵抗。あのさ、ナンパみたいな台詞(せりふ)吐くけどさ、俺たち本当に初対面か? どこかで会った気がするんだ」
「気のせいですよ…勇一さん」

ルーシーが恥ずかしそうに勇一の名を口にする。