「ここだ」
カードにあった数字はやはり電話番号だった。
電話で教えられた場所に来たのだが、正解とは思えない佇まいだ。
バーと言っていたがスナックだろう。
ところどころ剥げた塗装の木製ドアを押す。
客はおらず、カウンターに年増の女性が立っていた。
「いらっしゃい」
――この太い声は…
「電話の方ね。カウンターでいいかしら?」
――成る程。確かにバーと言った方が正解か。
但しゲイバー、いや、このナリだとオカマバーか。
「あんたがここのママか?」
「そうよ」
「さっき電話に出たのはママ?」
「ええ。男と思った?」
「まあな」
声以外は女に思えなくもないが…。
「お飲み物はいかがいたしましょう」
「そうだな。俺は呑まないからママのお好きなのをどうぞ」
「あらいいの? じゃあ、遠慮なく」
ママがビールの中瓶を取りだした。
高い酒じゃない点に好感が持てる。
「お名前、訊いてもいいかしら?」
「ああ。勇一だ」
「ぷッ。面白い方ね。普通は苗字を名乗るものでしょ。何か事情がおありなら、詮索はしないけど」
このママが手がかりなんだろうか?
情報屋に見えないこともないが。
それかこの店内に何かあるのか?
「特に事情はないが、言うと追い出されるかもしれないからな。最近は俺のような職業は、飲み屋が嫌う」
「なるほど。勇一さんは名乗れば『職業団体』が分かってしまうような大物ってことかしら」
普通の会社員とは端っから思われていないようだ。