その男、激震!(86)

 

「急ぎ、やって欲しいことがある」

重々しい勇一の声に、何事かと事務所内に緊張が走る。

「本来、大騒ぎするようなことではないんだが」

と、ここで勇一が一旦区切る。
そして一息ついてから続けた。

「あのアホを、白崎を、至急探し出せ。大至急だ。猶予は三日間。早ければ早いに越したことはない」

ここで通常なら勇一の要求に対し、『はい』とか『承知しました』とか『かしこまりました』等の反応が出るはずである。
だが、ここで出た反応は、

「白崎?」

という戸惑いと、組長の勇一を向いていた視線が一斉に木村に向くというものだった。

『お前のせいだろ?』

白崎を連れ戻すよう言われていたのに仕事をしていないのか、と組員個々の視線が木村を責める。
無言の攻めだ。
だが、無言だけではなかった。

「キムラァアア」

佐々木の怒気を孕んだ声が木村に飛ぶ。

「騒ぐな。新入りのくせに勝手に行方をくらました白崎を問い詰めて落とし前をつけさせるために探せというんじゃない。ま、それもゼロとは言わね~がよ。理由はな…実のところ俺にもよくわかってね~んだわ」

後半、勇一の声から重圧感が消えた。
ポリポリと頭を掻きながら、

「武史の頼みだ」

頼みではない。‘脅し’というのが正解だ。
香港が絡んでいることは前に聞いたが、潤からの電話でも白崎が行方不明になって何が困るのかの説明はなかった。
ただ、大事(おおごと)になる、香港が桐生を潰しに掛かるという有り難くない話だけだった。
ここでいう香港とは緑龍のことだ。
黒瀬の実母が嫁いでいる。
敵味方でいえば、今までは味方だった。
それなのに白崎が係わると敵になるという意味が分からない。
が…しかし…組員達に細かい理由は必要なかったようだ。

「ボンから!」
「組長代理ですかっ!」
「そりゃ、大変だっ!」

口々に飛び出たものは言葉違えど内容は同じだった。
そして…

「おい、お前ら!」

蜘蛛の子を散らすように事務所内から飛び出した。
残ったのは勇一と木村だけだ。