その男、激震!(83)

 

「木村さん、入って下さい」

木村には長く感じたが実際のところ、一分も経っていなかった。
靴を脱ぎ、潤の声がする方へと進む。
到着したリビングとおぼしき空間で木村が呆然とする。

「…あの、これは…」
「いわゆるもぬけの殻ってやつです」

白崎が居ないというだけではない。
何もないのだ。
家財道具が一切ない。

「これが置いてありました」

潤が木村に白い紙を手渡した。

『探さないで下さい。ホモのいない世界に旅立ちます』

はぁ? と木村が首を傾げた。
桐生から逃げたことは分かった。
そして、誰に対して探すなと言っているのかも分かる。
桐生の人間に対してだろう。
だが、旅立ちます、ってなんだ?
遠くに行くって意味で書いてあるのか、それとも…

「…これ、…遺書でしょうか?」

木村が潤に否定を期待して訊ねた。

「『探さないで下さい』と『旅立ちます』の組み合わせは通常遺書でしょ」
「…まさかっ」

白崎が死のうが生きようがどうでもいい。
しかしその原因が、ホモ嫌いの彼に桐生の現実を見せたことにあるなら、後味が悪い。

「でも…、」

と、ここで潤が考え込む。

「死ぬなら身一つで消えれば済む話じゃない? 家財道具がないってことは引っ越したか、処分して金に換えたってことです」
「…つまり、死ぬ気はないと」
「彼にそんな勇気があるように思えない。それより問題なのは、これが何者かの手によるもので、白崎さんの意思とは関係なく連れ出された。または襲った。その何者かがその形跡を隠す為に全てを処分した。この遺書めいたメッセージは無理やり書かされた可能性もある」

可能性と言いながらも潤の表情はこれに違いないと言っている。

「…そんな大掛かりなことを…白崎相手にするヤツがいるとは思えません。桐生でもペーペーですよ」
「ここから先は組長さんとの話ですね。木村さんは係わらない方がいい」
「ただ、逃げ出しただけかも」
「それでも、です。白崎さんの所在が不明というのはちょっと困るんですよ。あ~あ、黒瀬の仕事が増えてしまった。白崎さんが逃げ出しただけなら、その原因は桐生でしょうから責任を取ってもらわねば」
「え?」

…つまり、ホモの現実を見せつけられて逃げ出した方が、桐生にとってはマズイってこと?
昨日のことが原因じゃない方が助かるってこと???
一体、白崎って何者なんだよぉおおおっ!

「俺は仕事に戻ります。木村さんはこの唯一の手がかり持って組に戻って下さい」
「…なんと報告したら…」
「見たままを。組長さんには俺から連絡入れます」

連れて帰れと言われた白崎を伴わず木村は戻るはめになった。