「…すげぇ…」
一度目とは違い、マンションの中まで入った木村は、洗練された造りに圧倒されていた。
潤が木村を先導して三〇五号室の前まで来た。
「木村さんはここで待っていて下さい」
スペアキーを取りだし潤が鍵を開けた。
「一緒に行きます」
「 木村さん、俺の話、ちゃんと聞いてた? 木村さんが見てはいけないものがあるかも知れないって」
「…聞いてましたが…もし、誰か潜んでいたら危ないじゃないですか。潤さまの身に何かあったら、俺…どうしたらいいんですか!」
「どうしたら、って遺書でも書いて黒瀬が現れるのを待ってたらいいでしょ」
つまり命はないってことだ…
「冗談です。桐生の人って、黒瀬の口癖を真に受けている人多すぎだよ」
「…そうですよね。そう簡単に人を殺めたりは…」
と、潤に合わせて言ってはみたものの、黒瀬の「こ~」で始まる単語がただの口癖と思っているのはきっと潤一人だけだろう。
「誰もいないと思うけど…あ、それじゃ、困るのか。白崎さんがいないと。まあ、居ても彼だけじゃない? とにかくここで待ってて。呼んだら来て」
「…怪しい気配がしたら叫んで下さい。飛び込みますので」
「分かった、分かった」
ちょっとウザイよ、と潤の目が語っていた。
潤が部屋の中に入っていく。
待て、を命じられた犬みたいに、木村はドアの向こうに消えた潤を待つ。
長い…。
まだか?
まさか、何かあったんじゃ…
この際、白崎はいい。
アイツに何があっても、知ったことか。
桐生組存続の危機より、俺個人の命だろ!
と、組に命を預けているはずの木村がぼやく。
勇一や佐々木には決して聞かせられない内容だが、組の存続は組全体で対処すればいいことだが、もし潤に何かあったらそれは木村個人の問題になる。
口癖が冗談ではないことを黒瀬が桐生の組長代理の時に嫌というほど味わっている。
幸い、組からの死者は出なかったが…(組から、であって、組以外は考えないようにしよう)…思い出すのも恐ろしい「仕事の厳しさ」を経験した。