その男、激震!(80)

朝まで盛っていたせいで、大喜は大学に行くこともままならない状態だった。
佐々木が作り置きしてくれた握り飯に手を伸ばした時、その隣に置いてあった携帯が鳴った。

「…木村さん…、何?」
『お休みのところ、申し訳ございません…が』

普通だったら大喜一人の時に木村はここまで丁寧な言葉遣いはしない。
せいぜい、『寝ているところ、悪いが…』だろう。
慇懃な言葉使いに面倒なことを頼むつもりだなと、大喜はピンと来た。

「無理だから」
『は?』
「だから、無理だから。俺に言っても無駄だから」
『いや、まだ、何も言ってませんが…』
「内容訊かなくてもわかるし。頼み事だろう?」
『…ええ、はい、まあ…そんなところです』
「話は終わり。仕事に励んで下さい」

大喜が耳から携帯を離し切ろうとした瞬間に、

『一泊二日!』

という切羽詰まった木村の声がスピーカーから耳に届いた。

「意味不明なこと言ってないで仕事に戻れば?」

木村に対して、普段ならもう少し丁寧な対応をしている大喜だが、木村とは逆に今日の大喜は言葉遣いも含め些か対応が悪い。
やっと佐々木と濃厚な営みができたので幸福度はマックスだ。
機嫌はいいのだが身体が怠さが半端なく、何か頼まれて動くはめになるのが嫌だった。

『高級ホテルのスィート用意しますっ! 若頭と楽しんで下さいっ! だから話だけでも…』

スィートという言葉に大喜の心が揺れた。
…オッサンが好きそうだよな……

「話だけでスィートってわけ? なら聞いてもいいけど」
『あ…』

明らかに木村の声が落胆を示した。
だが、木村は気を取り直したらしい。

『はい…手配させて頂きます。それでですね、大喜さん、一緒に武史様の所に…行って頂くわけには…俺に―私に、同行して頂くわけには…』
「それって、今、ってこと?」
『はい!』
「無理。大学に行けないぐらいなの。朝までオッサンがさ~、分かるだろ? 歩くのやっとだし、椅子には座れないし…って状態」
『……そうですよね…ああ、終わった…一人で会いに行くなんて…あぁ、俺の人生、終わった…』
「あのさ、黒瀬さんに会うだけだろ? 何かやらかしたわけ? 会うだけなら別に問題ないじゃん。仕事の邪魔するわけじゃないならさ…あ、今からだと仕事中か。大丈夫、命はあると思う。潤さんと一緒の時間を邪魔さえしなければ…ああ、でも、あの二人、社長と秘書だから…一緒にいるかも。んま、頑張って」

これでスィートゲットとは、今日はツイてるかも、と大喜はほくそ笑んでいた。

『…そんなぁ…、俺、明日には東京湾で魚の餌だ……別に高級温泉宿も手配しますッ!』
「必死さに笑える。分かったよ。一緒には行けないけどさ、潤さんに連絡入れておいてやるよ」
『助かりますッ!』

あ、こいつ、今、頭下げた。

「でもさ、一体黒瀬さんに何の用? 組の用事?」
『…白崎のことで…』
「白崎――ッ! 早く言えよ。あいつ、今度会ったらボコるっ。で、何やらかしたわけ? 黒瀬さんとどんな関係あるの?」
『…無断で休んでいまして…今から白崎の部屋に行く所なんですが…いや、一度行ったのですが、鍵が掛かってて…居留守なのか本当にいないのか…それでスペアキーを武史様がお持ちということで、それを借りに…』
「どうして黒瀬さんが?」
『その辺はよく分かりませんが…とにかく白崎を事務所に連れて来いということなので』
「第一発見者」
『は?』
「白崎の死体の第一発見者になるかも」
『…いや、まさか』
「黒瀬さん絡んでるんだから、ないとは言えない」
『…そんなぁ…、いや、あったとしても俺もヤクザの端くれですから、だ、大丈夫ですっ』
「何が大丈夫なんだか。警察沙汰になったら、木村さんが被るんじゃないの? その覚悟をしてから黒瀬さんに会いにいった方がいいよ」
『…うそ、まさか…そんなことは…アハハ』

スペアキーを借りに行くだけでムショってことはないだろう。
が、確かに白崎の応答がなかったってことは中で死んでいる可能性も…と木村が不安を募らせるのが大喜にも手に取るように分かる。
―――俺って結構性格悪いな~と思いつつ、大喜は愉快で堪らない。

「潤さんには連絡しとくから。いつ行くか教えてよ」
『…実は、クロセの本社前にもう着いてます』

そう、木村はクロセの前まで来て、中に入れずにいたのだ。
そして考えあぐねた結果、黒瀬とも気負わず話せる大喜を頼ったのだ。

「それなら非常口付近で待ってると伝えておくから。あとは自分でなんとかしなよ。スィートと温泉宿、よろしく」

大喜が木村との通話を終える。

「潤さん、今、ちょっとお時間、大丈夫ですか? あのですね……」

すぐに潤に連絡を入れた。
電話一本入れるだけで、スィートと温泉宿だ。
佐々木と元の鞘に落ち着いた途端、美味しい話だ。
オッサンは『あげチン』に違いないとシュウちゃんの隣で大喜は佐々木のことを讃えていた。