「…組長…?」
直通エレベーターの到着を一階で待っていた佐々木の目に、勇一らしからぬ姿の勇一が飛び込んで来た。
一瞬、劣化版の橋爪が現れたと思った。
「今日のお召し物は…」
「なんか文句あるか? 二日間同じモノを着られるかって言うんだ。これ、洗濯に出しておけ」
昨日着ていた着流しを佐々木に渡す。
「はい。…スーツ姿も似合ってらっしゃいます」
似合ってはいるが、嫌な出来事の数々を思い出させる格好に、佐々木の表情が微妙だ。
眉間に皺が寄りつつあるのを、必死で堪えている。
「当たり前だ。色男は何を着ても様になるからな」
「…はあ」
「なんだ、その気の抜けた受け答えは。シャキっとしろ、シャキっと」
「はい! そのスーツは、時枝組長…時枝さんのスーツですか?」
「ああ。借りた。アイツのモノは、俺のモンだ。…チクルなよ? …意外とウルサイからよ」
威張って語っていた勇一だったが、途中から現実を思い出したのかトーンダウンした。
「チクルって、アッシはそんな小さな男ではありません、組長。それに時枝さんは…天国から全てをお見通しだと思いますよ」
時枝の生存と現在の居場所については、佐々木はもちろん知っているが、いつどこで誰に聞かれても問題ないように、外では福岡を天国に変換して話すようにしている。
「お前がばらさない限り、分かるか。まあ、千里眼的な勘の鋭さはあるけどな…わっ、今、ブルッときた、ブルッと」
時枝の霊に…この場合、生き霊ってことになるが…取り憑かれたと思えるような悪寒が勇一に走った。
「ほら、やはり時枝さんの耳に届いたんですよ」
「ンなわけ、あるか!」
佐々木の野郎、携帯を通話状態にして勝貴に聞かせてるんじゃないだろうな? と勇一は佐々木を疑った。
勝手に服を拝借したことと、ウルサイと言ったことが時枝の耳に届いたら、次会った時に、何を言われるか分かったものじゃない。
機嫌を損ねて、これ以上のお預け期間が延びたらどうしてくれるんだと、無実の佐々木を責めるように睨み付けた。
「…組長、…そろそろ出ましょう…」
自分に向けられた強烈な視線から逃げようと、佐々木が勇一を促した。
「ああ」
不機嫌に返事をすると佐々木が乗ってきたセダンに乗り込んだ。