「――白崎ッ、おい、白崎ッ!」
食事の支度を終えた木村が、勇一の寝室から出てこない白崎を呼ぶ。
「白崎、こっちに来い。組に戻るぞ…だめだ、こりゃ…」
入口から見えるのは床に座っている白崎の背中。それが全く動かない。
「ち、仕方ね~な~~」
白崎が自分から寝室を出て来てくれるのが、木村にとっては一番都合が良かった。
喘ぎ声と荒々しい息遣いと熱気が充満する寝室にそうそう何度も入るのは気がひける。
のぞき見は趣味じゃない。断じて違う。
だが、白崎を残して帰るわけにも行かない。
白崎が動かないのは、衝撃が強すぎたからに違いない。
動かないんじゃなく、動けない、が正解だろう。
同性愛に偏見がなくても、生々しい男同士のセックスシーンを見せつけられたら、結構きつい。
木村だって、耳に入る大喜の声だけでもケツの穴が痛くなるのを感じる。
これを機に白崎は組を辞めるかもしれない。
その方が、彼の為にも組のためにもいいような気がしてきた。
だったら、いっそこのまま、この寝室に置いて行こうか、とも考えた。
―――ダメだ。
木村が自分の思い付きにノーを出す。
白崎を連れて帰るところまでが、自分に与えられた指示だ。
言われたことは忠実に守る。
それが縦社会の習わしだ。
そうだ、と木村の中に閃きが生まれた。
ただ中に入って白崎を連れ出すだけではなく、何度も邪魔をした詫びをそっと置いて行いこうと。
誠意をみせることで、ボコられる回数を減らそうという魂胆だ。
木村は一旦勇一の寝室を離れると、本宅の倉庫に行き、桐生で取り扱っている一本五万円の滋養強壮剤、通称「絶倫ドリンク」を二本ストック棚から卸すと、寝室に持ち帰った。
もちろん、いち組員である木村が、タダでというわけにはいかない。
あとで卸価格ではなく定価の一〇万円を組に納めないとならない。
半分は白崎に負担させてやると木村は勝手に決めていた。
『食事の用意も隣にできています。若頭には必要ないとは思いますが、コレ、置いておきます』
というメモを添え、そっとベッドの脇に絶倫ドリンクを置くと、口をだらしなく開け目を見開き、人形のように動かない白崎を寝室の外へ引き摺り出した。