その男、激震!(56)

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…勝貴~~~、元気か?」

返事がない。

「勝貴~~、勇一様だぞぉおお、出てこい!」
『ふん、出たら幽霊だ』

時枝の墓から返事が届く。
正しくは、時枝の墓に設置されているWEB通信のスピーカーから返事が戻る。
目の前にいる勇一にしか聞こえない音量だ。

「幽霊でも勝貴なら具合良さそうだからOK」
『…具合?』
「あそこの締まり具合」
『…お前は、…一回死ね』
「死んだもんね~~~。葬式まで済ませたもんね~~~」
『…そうだった。俺が取り仕切ったんだった…なのに、ノコノコ出てきやがって…』
「悪かったな。いっそ、本当にあの世に逝っちまっていれば…勝貴の身体に穴開けなくて済んだのによぉ…」
『なんだ、その言い分は。劣化版のお前に開けられた穴など、痛くも痒くもないわ。要らん同情するなっ、このバカ! それに今後自分勝手に死ぬことなんか許さないぞ!』

怒っているのに、涙声だ。

「――勝貴? いや、死ねと言ったのは、勝貴なんだけど」

ヤバイ、泣かせるつもりはなかったと、勇一が頭を掻く。

『は? だから?』

今度は冷たい声が返ってきた。

「…そういうの、逆ギレって言うんじゃ…。もしかして、欲求不満? だったら、待ってろ! 今すぐソッチに行ってやる。佐々木達の件は片付いたし、俺たちの愛を阻むものはない!」
『…勇一、丸一日でバカに拍車が掛かったな』「――それ以上バカにはならないって言ってボコったくせに…」

お前はもう十分バカだから、それ以上バカになることはないと、生身の時枝から鉄拳を喰らったのは記憶に新しい。

『それがなったんだから、大したものだよ、勇一は』

しみじみと言われた。

「感心されてるのか? 俺って凄い?」
『…褒めてないぞ。とにかくしばらく大人しくしておけ。大森と佐々木さんは上手くいったんだな?』
「今もまだやってる途中だと思うぞ」

大喜は失神したらしいが、復活しているだろう。
っていうか、組の奴ら覗きに行ったよな? 
きっと佐々木の怒りを買ってるぞ。バカな奴らだ。

『大森もやっと安心できるな。俺もホッとしたよ。佐々木さんには世話になったし』
「で、俺達は?」
『そのうちな。今は無理だろ。お前、もうこっちには来るなよ。誰かに尾行されたらどうする? 俺が大事なら、我慢しろ。いいな?』
「そりゃ、勝貴は大事だけど…一体いつまでこの状態が続くんだよ」

大事と言われれば、そこは我慢しかないが、だが勇一の禁欲生活も結構長い。
せめて終わりさえ見えればいいのに、と泣き言だ。

『俺のリハビリが進み、事態が落ち着くまでだ』

その事態がややこしい。
元を辿れば三年前の銃撃事件だ。いや、違う。
その前がある。時枝が拉致された事件。
そして、劣化版勇一が依頼された時枝暗殺。
あの時は黒瀬の名前も挙がっていた。
表に見える部分と見えない部分。
見える部分は処理した。だがそれで終わりとは言えない。
国内と海外とで見えない何かがある。
今言えるのは、勇一が戻ったことで、また何かが動くだろう、と言うことだけだ。
現にこの墓地に来る途中にも邪魔が入った。

「それは分かってるけどさ……会えないって切なね~よな~。はあ」

どうせなら、自分の腕の中で時枝を守ってやりたいと勇一は思うが、そんなことを口に出そうものなら、女扱いするなと時枝が怒りで切れるだろう。

『…勇一…、――お前キモイ』

時枝が切れることはなかったが、ブチッと通信はと切れた。

「勝貴? ちょ、ちょっとぉおお、まだ、話は済んでないっ! まだ、俺の愛は語り尽くせてないぞっ! 白崎のこともあるって~のにっ、勝貴! 勝貴ちゃんっ、勝貴さま!」 

通信が再開されることはなかった。