その男、激震!(52)

「朝から縁起が悪い。塩持って来て」

クロセ社長室、勇一の顔を見るなり黒瀬が顔を顰めた。

「はい、社長。ただいまお持ちいたします」

返事をしたのは、黒瀬の秘書の潤だった。

「ついでに聖書とにんにくと十字架も」
「はい、直ちに」

クルッと方向を変え、潤が社長室を出て行こうとする。

「オイオイ、俺は成仏し損なった悪霊でもなければ、吸血鬼でもないぞ」

勇一は黒瀬ではなく潤に向かって言った。

「はい、存じてますが」

潤が足を止め勇一を振り返ると、『だから、何?』とでも言いたげに、と冷たく答えた。

「だったら、変なブツは持って来なくていい。その代わりに、茶と茶菓子を持って来てくれ」
「それもお持ちします」
「も、って、聖書、にんにく、十字架の類は置いてないだろ?」

そんなものが会社に常備されているわけがない。

「失礼ですが、私は黒瀬社長の秘書ですよ。それぐらい瞬時に用意してお持ちいたします。ご心配には及びません」

慇懃に返されても、少しも嬉しくない。本気で持ってくるつもりか?

「うちの秘書は有能ですから」
「そういう問題か? あ? いいから、少し話をさせろ」
「アポイントも取らずに押しかけて来て、話を聞けと? 図々しい」

黒瀬の言葉を聞き流し、勇一は応接セットのソファに陣取った。
潤は失礼しますと社長室を出て行った。

「奇妙な物を持ち込まれても困るから、手短に済ます。佐々木とガキの件は解決した。心配掛けたな」
「心配? するわけないでしょ」

あなた、馬鹿ですか? と黒瀬の顔に書いてあった。

「それでどうやったんです? やはり手っ取り早く兄さんが掴んで小猿の中に挿れましたか?」
「そんなことはしてない。佐々木も欲求不満だったんだろ。朝から盛ってる。まだ、ヤってる最中だろ」
「ふ~ん、兄さん、動物園の繁殖係に転職したらいかがです? 成仏しなかった悪霊でも、雇ってくれるかもしれませんよ」
「生きてるだろっ! 誰が悪霊だよ」
「ああ、ゾンビでしたね。墓まで造ったのに蘇ってきて、しかも元恋人を殺そうとした冷血で残忍なゾンビ。ゾンビににんにくは効かないか…」
「元恋人じゃね~よ。今も恋人だ!」
「訂正するのはソコですか?」

やれやれと、今度は呆れ気味に黒瀬が返す。

「殺そうとしたのは本当だからな。その事実からは逃げる気はね~よ」
「ふふ、開き直らないと、弱い兄さんは生きて行けませんからね」
「弱い?」

勇一のこめかみがピクリと撓る。
桐生の組長としてのプライドが勇一をムッとさせた。

「違いますか?」

口元は笑みを浮かべているが、勇一に飛ばされた視線は否定を許さない程強いものだった。