「ひでっ、組長!」
「どうして若頭を!」
「あんまりですっ!」
今にも勇一に掴みかかりそうな勢いに、
「ぅるっ、せーッ」
勇一が罵声と共に、腰をあげた。
「何を勘違いしてるか知らね~が、散れッ! 鬱陶しい」
立ち上がった勇一が、手の甲で追い払う。
「勘違いって、若頭は天国なんでしょ!」
佐々木の組内での人望故か、勇一相手だというのに、組員達は引き下がろうとしない。
「ああ、そうだ。俺の寝室で天国を彷徨っているだろうさ」
「組長の寝室!?」
「一々うるせ~ぞ! 佐々木のことはいいから、さっさと仕事しやがれ」
と言った勇一の言葉は無視された。
「…なんてこったぁああっ。寝室に急げっ! 本宅だ! とにかく確認だっ! まだ、息の根があるかもしれねーっ」
渡部の叫びで、蜘蛛の子を散らすように勇一の回りから人気(ひとけ)が消えた。
いや、勇一の回りだけでなく事務所内から勇一以外の人間が消えた。
「…どういうことだ? あいつら、佐々木とガキのセックスに興味があるのか? 俺の居ない間に、変態に教育されたとか? いや、それを言ったら勝貴が変態ってことになる」
勇一が首を傾げていると、同じように首を傾げた木村が入ってきた。
下で清掃をさせられていた白崎も一緒だ。
「組長、抗争勃発ですか? 凄い形相で皆が駆けて行きましたが」
「さあな。佐々木の昇天に興味があるらしい。俺の寝室に突撃するんだろ。佐々木とガキはどうだ?」
「どうって、そりゃ、もう…。若頭より大森の方が昇天してますよ。声が…あ、いえ、」
木村の顔が赤くなる。余程卑猥な啼き声だったのだろう。
「声にあてられたか? ふん、まだまだお前も青いな。それで、休みは伝えたか?」
「はい。大森が失神してるときを見計らって。でも、どうして、皆、若頭に殺されそうなことをわざわざしに行ったんですか? 朝から盛っている二人に嫌がらせとか…いや、それはないな。プライベートを覗くようなことをするわけがない」
「俺の知ったことか。有事に備える心構えが足りない証拠だ」
いや、それは、突然居なくなる組長あなたにも言えることです、と木村は思ったが、もちろん口にしない。
「そうですね。本宅で流血騒ぎになってなければいいですけど」
「ふん、知るか。放って置け」
「いいんですか?」
「組長の俺が早朝から顔を出したのに、俺より佐々木の性生活が気になるようなアホばかりだ。これじゃ、仕事にならん。ちょっくら出掛けてくるから、白崎と二人であとのことやっておけ」
「ええっ、白崎と二人きりですか!」
木村が思い切り不満そうな声をあげる。
「はい! 頑張ります」
白崎は嬉しそうに目を輝かせている。
「白崎は、頑張らないでいいから、普通にしておけ。いいな」
白崎など今まで眼中になかった組長が、少しは彼の無能ぶりを理解してくれたらしい、と木村が少しだけ安堵した。
このあと二人きりという事実は変わらないので、本当に少しだけだったのだが。
「白崎と二人、事務所は守りますのでご安心を。それで、組長はどちらへ」
「武史のところと、時枝の墓参り。昼までには戻る。携帯は持っていくから何かあったら連絡を入れろ」
「承知いたしました。行ってらっしゃいませ」
木村が白崎の頭を押さえながら、自分も頭を下げ、勇一を見送った。
「仕事を放ってじゃないぞ、勝貴。仕事にならないから、後回しにするだけだ」
いやそれは同じ事だ、というチャチャが入らないのが独り言の利点だなと馬鹿なことを考えながら、勇一は黒瀬のいるクロセ本社に向かった。