その男、激震!(50)

勇一の態度から、詳しく追求しない方が賢明だと判断したのか、組員達は顔を見合わせそれ以上の言及をやめた。

「あれ、若頭は?」

そして関心事は勇一から佐々木に移った。
佐々木がいて、勇一がいないことは珍しくない。いつものことだ。
だが、逆は珍しい。
勇一の隣に秘書のように佐々木は付いている。
少なくともこの事務所内では。
所在を知っているとなれば、木村あたりだろうが、その木村もいない。あとは、知っているのは…
勇一に訊ねてもいいものかどうか、組員達が視線で会話を交わす。
そして、口火を切ったのは、

「佐々木は休みだ」

誰でもない勇一だった。
新聞を折り畳みながら、『佐々木の代わりに誰か茶のお代わり!』という意味で佐々木の欠勤を告げたのだが、タイミングた良すぎた。
訊く前に先手を打つように答えられ、今度はその理由が気になる。

『組長と一悶着あったんじゃ…』
『だよな。そうじゃなきゃ、こんな朝っぱらから組長が一人で来てるはずね~』
『時枝組長がいなくなられてから、ずっと二人の様子がおかしかったし』
『まさか、組長が若頭を殺っちまったってことは…』
『――まさか…』
『ははは、まさか…そんなわけっ、』
『でも、組長には以前に時枝組長を銃撃した前科が…』
『バカいえっ、アレは組長じぇねぇっ、橋爪だ』

組員達の動揺など勇一が気付くはずもなく、空の湯飲みで机を叩く。

「ちっ、気がきかね~ヤツラだ。口に出さないと分からないか? お茶だ、お茶」
「は、ただいまっ!」

M字頭の渡部が、慌てて急須を持って行き、勇一の湯飲みを満たす。
渡部が勇一から離れようとすると、他の者が一斉に渡部を見た。

『若頭のこと訊いてくれよ!』

皆の目が渡部を催促している。

『俺がかよ!』

そうだと、皆が顎で指示を出した。
後で袋叩きにでもあったら堪らないと、渡部が

「あのう、若頭はお風邪が何かで?」

と、恐る恐る訊いた。

「佐々木か? アレが風邪をひくような柔な男か? だいたい馬鹿は風邪ひかね~よ」
「…馬鹿って。若頭は立派なお人です」
「まあ、そうだろうよ。朝っぱらから昇天しているような立派なヤクザだ」
「…昇天? ――えぇええええっ、」

事務所内が騒然となる。
渡部だけじゃなく、他の者も一斉に驚愕の声をあげ、ドドドっと勇一に詰め寄った。