「…これは…」
受け取った渡部が首を傾げている。
「水鉄砲らしいぞ」
「水鉄砲? 白崎、お前は水鉄砲を懐に忍ばせていたのか?」
「ハイ!」
白崎の溌剌とした返事に渡部がガックリ肩を落とす。
「…白崎、これは俺が預かっておく。お前は入口のごみを片付けて来い」
「…はい」
今度は力のない返事だった。
水鉄砲が組長の勇一から渡部に渡ったので、自分に戻してもらえると思っていたのだろう。しょぼくれて白崎は出て行った。
「あいつは、誰が桐生に引き込んだんだ?」
「組長代理です」
「勝貴か?」
「いえ、武史様です」
「武史だと?」
「はい、スカウトしてきたとおっしゃって」
「スカウト? 俺の頭に水鉄砲を押しつけるようなアホをか?」
「…組長の頭に水鉄砲ですか…?」
渡部の視線に、明らかに同情の色が見える。
「今までまともに会話したことなかったが、あれはヤクザには向かないだろう。この御時世、やる気だけじゃどうにもならんぞ。ったく、武史の野郎、どこで拾ってきたんだ」
「さあ。時枝組長…すみません、時枝さんなら…」
時枝さんと今更言うのが、引けるのだろう。渡部が口籠もる。
勇一が不在の間、この組の代表としてやってきた時枝を支えてきた組員が、組長の座から退き、墓の下に眠っている――(幹部以外に桐生組でも時枝の生存は伏せられている)――時枝をさん付けで呼ぶのは抵抗があるらしい。
「時枝組長でいい。あいつは今でもお前達の組長だ。遠くからきっと桐生を見守ってくれている」
遠くと言っても、福岡からだけどな。
「ありがとうございます」
渡部の声が湿っていた。
「…時枝組長なら、どこでスカウトされたのかご存じかと思いますが…今はもういらっしゃらないので…ぐっ、」
「分かったから、泣くな。佐々木の影響か、簡単に泣くヤツが多すぎる。水鉄砲といい、泣き虫揃いといい、ここは大人の保育園か」
全くどうなっているんだ、とブツブツ言いながら勇一が自分の定位置に着く。
やれやれとお茶を飲みながら、新聞に目を通していると、他の組員達も姿を現した。
勇一の存在に気付き驚く様が滑稽だ。
「うわっ、出たっ!」
俺はお化けか?
「こんなに早くどうされたんですか!」
どうもしね~よ。
「しばらくお留守だと伺ってました!」
俺だってそのつもりだったよ!
心の中では一々応答していたが、実際は面倒臭そうに新聞から目を離さず、「ああ」と内容に関係なく返事をしただけだった。