「ちょっと待ってろ」
時枝が鍵を取りだし、シャッターを解錠した。
それからシャッターを開けると、自動ドアらしいガラス戸が現われた。
だが、自動では開かないドアらしく、時枝が手で開いた。
「自動ドアだよな?」
「電源をオフにしてるから、手動ドアだ。入ってくれ」
「へ~~~。元、何屋だったんだ?」
貸店舗の看板通り、中は普通の住居ではなかった。
ガランとした空間に、備え付けのカウンターがある。
そのカウンターがちょっと特殊で、病院の受付窓口のような造りだ。
「薬局。調剤薬局だったらしい」
「なるほどね~」
カウンターの横に間仕切りがあり、スタッフがお茶の為に使っていたのか、一般家庭用の流し台があった。
そこをキッチンとして時枝が使用しているらしく、鍋やら食器やら洗面道具が並んでいる。
「トイレがそこで、部屋はこっちだ」
店舗スペースの奥に、八畳の和室があった。
ベッドはないものの、テレビ、エアコン、パソコン、テーブルと、一通りは揃っていた。
「ホッとしたぜ。ちゃんとした部屋じゃね~かよ」
靴を脱いで上がり込んだ勇一が、部屋をグルッと見渡した。
「当たり前だ。ちょっと変った物件だが、快適だ。…それにしても、お前ってヤツは…」
はあ、と時枝が肩を落とした。
繋げたかった言葉は、『俺の我慢を無にしやがって』だったが、言わなかった。
呆れながらも、こんな僻地まで飛んできた勇一の行動が、心の底では嬉しかった。
「俺ってヤツは…? いい男だろ」
似合わないウィンクを勇一がするも、そこに時枝は反応しなかった。
「指、見せてみろ」
「ほら、この通り。十本揃ってるぜ」
勇一が両手を広げて見せた。
「二本とも動くのか?」
勇一の左手の小指と薬指の縫合痕に時枝が触れた。
「まあ、ボチボチってところかな」
その二本は、勇一自らが切断した指だった。
再接着後のリハビリで元通りとは言えないものの、関節も動くようにはなっている。
「…感覚は?」
「そりゃ、バッチリ。今も、勝貴に触れられて、興奮しそうなぐらい、感じてる」
「このぉ、度アホがっ! 指触ったぐらいで、興奮とか言うなっ!」
「嘘じゃないモン。ホラ、」
口を尖らせ子どものように拗ねた口調で言いながら、勇一の取った行動は、『大人』を見せつけるものだった。
左手にあった時枝の手を、自分の股間に擦り付けた。
「なっ、このヤローッ!」
慌てて手を振り払い、抗議しようとした時枝を、勇一がギュッと抱き締めた。