はあ、はあ、と変質者ばりの荒い息の勇一が、白いシャッターの建物の前で立ち止まっていた。
その背には、時枝が乗っている。
「勇一、案外だらしないな。たったこれだけの距離でへばるなよ」
確かに、歩いても二、三分の距離だろう。
駅舎自体は見えないが、駅のホームは見える…そんな距離だ。
「男一人担いでるんだ。短距離でも、オッサンには堪える、ッテ~」
後頭部に衝撃を覚え、勇一が振り返った。
「オッサンとかいうな。お前がオッサンなら、同い年の俺もオッサンになる」
「…勝貴も、…オッサンじゃん」
二発目が、振り下ろされた。
「暴力反対!」
「オッサンと呼ばれて鼻の下伸ばすのはお前んとこの佐々木さんぐらいだっ! 降ろせ!」
「そりゃ、一理ある。納得」
降ろせという時枝の言葉が耳に届いてなかったのか、それとも届いていたが無視したのか、腕を緩めることなくウンウンと勇一頷いてみせた。
「降ろせって言ってるだろ!」
「ひっ」
勇一の左右の耳を時枝が加減無しで引っ張った。
「だから、暴力反対だって。いいから俺の背にいろよ。さすがにもう走れないが、歩くだけなら、まだまだ行ける」
「その必要はないから、降ろせって言ってるんだ。目的地には着いてる」
「はあ~?」
「俺の住処はここだ」
「ここって?」
「目の前に見えてるだろ」
勇一の目の前にあるのは、白いシャッターだ。
両端には民家が連なっているが、どうみても、店舗にしかみえない。
それも空店舗らしく、シャッター脇の壁に「貸店舗」と書かれた不動産屋の看板が掲げられていた。
「…貸店舗しか見えないが」
「ああ。ここで暮らしている。開けてやるから、降ろせ」
「…マジ…か…?」
ボソッと呟きなら、勇一が時枝を背から降ろした。