「お騒がせしましたっ!」
勇一の頭を押さ付けながら、時枝も自ら頭を下げた。
「こら、お前も謝罪しろ」
頭を下げたまま、時枝が勇一に催促を入れる。
「…だってぇ、このヤロウが…」
「だっても、クソもあるかっ、ここをどこだと思ってるんだ。駅だぞ駅!」
「…そんなことは…知ってるけどさ~、オレ様の理性をぶっ飛ばしたのは勝貴じゃね~かよ」
「お前ってヤツは、久しぶりだというのに、俺を悪者扱いする気か? ああ、お前はそういうヤツだった。数年ぶりに現れたかと思えば、必死で留守を守ってきた俺を消そうとするぐらいだ」
駅員への謝罪はそっちのけで、下を向いた男二人による痴話ゲンカのような言い合いに、またも他の利用客の好奇心が向かう。
「それは! そのぅ…あのぅ…えっと…」
勇一の声から勢いが消えて行く。
「……スマン」
最後は、消え入るような声での短い謝罪に、すかさず時枝の突っ込みが入った。
「謝るのは、俺じゃなくて、駅員さんと変なものを見せつけられた他のお客さんだろっ!」
「…うん」
「返事はハイだ!」
「…ハイ」
「声が小さい!」
「ハイ」
「まだ、小さい!」
「ハイッ!」
軍隊の訓練のようなやり取りに、周囲は笑いを堪えるのに必死だった。
駅員に至っては、早くこの二人から離れたかった。
が…状況的に去ることも出来ず、二人の頭部を見ながら『謝るなら早くしてくれ~~~』と心の中で嘆いていた。
「俺に続け!」
「ハイ!」
「行くぞ! 勇一!」
「ハイ!」
「お騒がせして申しわけ御座いませんでした」
時枝が再度謝罪を口にした。
「お騒がせして申しわけ御座いませんでしたっ!」
自棄クソに勇一が復唱した。
姿勢を起した途端、
「良し。回れ右!」
駅員の顔を見る隙も与えず今度は後ろを向かされた。
「この馬鹿がお騒がせして申しわけ御座いませんでした。先程見た悪夢のような光景は綺麗サッパリ忘れて下さい」
「…悪夢って…」
惚れた男に抱きついて何が悪い! と思ったが、時枝の「勇一謝罪!」という声に押されて口には出来なかった。
時枝の手がグイッと勇一の頭を押す。
「お騒がせしました! 申し訳ございませんっ!」
今度も自棄クソに叫んだ勇一の耳元で、時枝が告げた。
『俺をおんぶしろ。ここからダッシュで逃げるぞ!』