その男、激震!(12)

 

勇一からの呼び出しから解放されたはずの黒瀬宅の電話が早朝から鳴り響く。
黒瀬と潤の携帯も交互に鳴ったのだが、マナーモードに設定中の二機に、二人が手を伸ばすことはなかった。

「…ん? 電話が…なってる?」

黒瀬を布団代わりにして寝ていた潤の耳に、トルコ行進曲が届いた。

「気のせいじゃない? こんな時間にうちに掛けてくる命知らずは兄さん以外にいないと思うよ?」

以前は置いてあった家電の子機は、黒瀬の寝室から消えている。
理由は滅多に鳴ることもなければ、使うこともないからだ。

「…でも、タラタラタン、タラタラタンって、聞こえてくるんだけど…」
「ふふ、タラタラタンね~」
「あ、俺の音感をバカにしてるだろ、黒瀬」
「してないよ。私にも、タラタラタンって、聞こえる、聞こえる」
「やっぱり、バカにしているし~」

布団代わりの黒瀬に潤が背を向けた。

「潤、拗ねてるの? そんな可愛い態度取られると、私も潤も仕事に行けなくなるよ? ほら」

背を向けた潤に、黒瀬が自分の下半身を貼り付かせるように押し付け、背後から抱き締めた。

「別に拗ねてないけど…。…大きい…、駄目ダメ。黒瀬。今日は朝からスケジュール詰ってる」
「じゃあ、機嫌直して」
「…怒ってないし…。――電話まだ鳴ってる。出るから、腕緩めて」
「潤は、私の腕より、誰が掛けてか分からない電話の方を優先するの?」
「急用かもしれないだろ? 仕事関係かも知れないし。あの電話が鳴るってことは、香港かもしれないぞ?」

携帯の番号もそうだが、家の番号を知っているのは極限られた人間だ。

「香港ね~。分かった、私が出るから、潤は起きなくていいよ。タラタラタン、タラタラタン♪」

黒瀬がベッドを抜け、全裸で鼻歌を歌いながらしつこくトルコ行進曲を奏でるリビングの電話機に向かった。

「やっぱり、バカにしてるじゃん。…でも、電話に出てくれるなんて、黒瀬は優しいよな~」

電話に出るぐらいで大袈裟な感想だが、この二人を知る者なら、別に不思議には思わないだろう。
底無しに深い愛情で結ばれた…と言えば聞こえはいいが、ようは超が付くバカップルなのだ。

「はい、黒瀬です。早朝からお電話ありがとうございます。三十秒以内でお名前とご用件をどうぞ。内容次第では、明日以降のあなたの人生はないと思いますが、どうぞお気になさらずにお話下さい」

受話器を取った黒瀬の口から、留守録の応答メッセージのような流暢な脅し文句が放たれた。