「あるでしょ。時枝はここにいませんので、もちろん兄さんにソファを勧める人間などいませんよ。さっさと用件だけ言って、お引き取りを」
黒瀬は、応接セットのソファには座らず、自分の席に着いた。
「茶を出せとは言わないから、ソファぐらいでグダグダ言うな。話はたいした事はない。朝食のことで、ガキと佐々木に命じた戯れ言を撤回しろ」
「命じた覚えはありませんよ。提案しただけです」
黒瀬はパラパラと資料らしきものを捲り、勇一を見ようともしない。
「お前の提案は、あの二人にしたら命令だろうが」「それは、受け取る側の解釈ですから。いいじゃないですか、一緒に食べれば。小猿は別に朝食を作る手間が省けるし、罪滅ぼしにそれぐらいいいでしょ?」
「罪滅ぼし、って、お前なぁ」
「罪悪感ないとは言わせませんよ」
「…ないとは言ってないだろ」
「朝食を美味しく食べたいなら、自分で改善することですね。裏口かもしれませんが、一応大卒の頭持っているんですから、ご自分で解決して下さい」
「裏口のはずないだろっ! 俺が裏口なら、お前だって裏口じゃないか」「かもしれませんよ?」
ニヤッと人の悪い笑みを浮かべ、黒瀬がやっと勇一を見た。
「…馬鹿な。だったら、勝貴はどうなる?」
「冗談ですよ。あの程度の大学に落ちる方が難しいでしょ。それにしても、勝貴、勝貴って。時枝が恋しいなら、さっさと話掛けに行けばいいでしょうに。何をやせ我慢しているんだか。時枝だって、もしかしたら、声が聞きたいと思ってくれているかもしれませんよ?」
「――この前行ったばかりだ。そう何度も行けるかっ! いい歳した男が、墓石に向かってブツブツ語っている姿など、おぞましいの一言だ」
「兄さんの存在自体がおぞましいのに、何を今更なことを。時枝だって、向こうでさびしがっていますよ。薄情と怒っているんじゃないですか。意外と根に持つタイプですしね~」
兄の顔が引き攣っていくのが面白くて、黒瀬が畳み掛ける。
「向こうで自分の指を詰めるような馬鹿な人間よりマシな人間を見つけているかもしれませんよ~。ふふ、まあ、それでも文句が言えないですよね~。あちらで浮気されても仕方ない程、酷いことしたわけですし~」
「もういい!」
勇一が立上がる。
「てめぇにグダグダ言われなくても、自分が一番よく分ってるんだよッ。邪魔したな」
「はい、とっても邪魔でした」
それは悪かったなッ! という悪態の替わりに「チッ、」と舌打ちをし、勇一は出て行った。