その男、激震!(1)

 

「いい加減にして下さいね。私も潤も忙しいんですから」

早朝から桐生の本宅に呼び出され、黒瀬武史の機嫌は最悪だった。
株式会社クロセの社長である彼にしたら、早朝の六時前に呼び出されるのは迷惑以外の何物でもなかった。

「早起きは三文の徳だ。徳は積んどけ」

口から米粒を飛ばしながらそう言ったのは、黒瀬の異母兄で桐生組組長でもある桐生勇一だ。

「お言葉ですが、この場合の徳はいいことがあるという意味だと思います。辞書によってはおトクの『得』になっているのもありますよ」
「…嫁よ、お前に勝貴が乗り移っているのかと思ったぞ。朝っぱらから心臓に悪い」

黒瀬の秘書だった時枝勝貴がお得意とする細かな指摘をしてきたのは、時枝ではなく黒瀬の秘書兼パートナーの潤だった。

「ありがとうございます。最高の褒め言葉です。それで、本日ご用件は? 社長の貴重な睡眠時間を短縮させるに値するような急を要する事案でも?」

用意されている朝食に目もくれず、潤が味噌汁をかっこむ勇一を睨む。

「ん、まあな」

簡単に答えると、また味噌汁に戻った。

「もちろん、私の時間を奪うぐらいですから、寂しいからとか朝食を誰かと食べたかったからとか、そういうくだらない理由じゃないでしょう」

黒瀬の言葉に、ぶはっ、と勇一が味噌汁を噴き出した。

「あ、ははは、…嫁だけじゃなく、お前まで勝貴が乗り移った?」
「やめて下さい。気持ち悪い」

本当に嫌そうに黒瀬が顔を顰めた。

「私に時枝? 時枝に乗り移られるぐらいなら悪霊の方がまだマシです」
「悪霊って…それはあんまりだろ」
「いいえ、悪霊や悪魔の方が時枝よりはマシです。恋しいからって一々時枝を持ち出さないで下さい。鬱陶しい男ですね。行こうか、潤」「はい」
「オイ、朝食をちゃんと食べていけ!」
「ふふ、やはり、それしか用事ないんでしょう。折角なので朝食はいただきますよ、離れで潤と二人水入らずで愛を紡ぎながら。ではご機嫌よう」

黒瀬と潤が同時に立上がる。

「オイ、コラッ、待てっ!」

勇一が呼び止めたが、二人は振り返りもせず部屋を出て行った。

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