その男、激震!(196)

★コミコミスタジオさまにて通販中。黒桐Co.企画応募用台紙付のタイトルは「その男、激震4」です★ そろそろ文庫帯の準備を~~~4弾~~~

 

「ハア…」

男子トイレの個室から、深い溜息が漏れる。

「…ちゃんと伝わってない気がする…」

溜息の次は独り言だ。

「勇一なんかに任せのが間違いだった。自分でなんとか処理すべき案件だった」

声の主はルーシーの化粧が剥げた時枝だ。

「何が俺に任せとけ、だ。いつまで俺はここに閉じこもってなければならないんだっ! あいつ、まさか…忘れてないよな。建物を出た途端、明日のことで頭がいっぱいで忘れたってこと…うううう、あり得る!」

病室を出た時枝が崩れたメイクを治そうと女子トイレに駆け込み、そこに移った顔は通報レベルだった。
お化け屋敷で働けるぐらいドロドロに崩れた目元周辺。
しかもどう贔屓目にみても、女子の顔ではなかった。女装趣味の変態男そのものだ。
女子トイレ内で誰かに遭遇すると通報されると慌てて飛び出た。

「おい、どうした?」

トイレ前で待機していた勇一の声には応えず『女子トイレ入る前に止めろ、この馬鹿!』と、睨みだけ飛ばすと横の男子トイレに駆け込み、個室に入る。
幸い、他に人はいなかった。
女装姿を見られることもなく個室に入り、バッグの中から化粧道具の入ったポーチを探す。

「・・・」

そんなはずはないと、もう一度バッグの中に手を入れ、中を掻き回す。

「・・・・・・」

いやいや、まさか…と今度は着替えを入れてきた紙袋の中を探す。

「―――ない! ないない。な――ーいっ!」 

ポーチがない。メイクの修正ができない。 
このままじゃ、ここから出ることができない。

「何事だ? 外まで声が聞こえてきたぞ」

男子トイレの中に入って来た勇一が、個室の扉をノックしながら訊く。

「…俺、トイレの花子さんデビューかもしれない。一生ここで暮らす」
「…どうした? 声が花子さんじゃなくて、花太郎だ」

突っ込むところはソコか? と途方に暮れながらも時枝は勇一の反応に呆れていた。

「大事なものがないんです」

ルーシーで応えた。

「生理が来ないのか?」
「ハ?」
「ジュニアに兄弟ができるのも悪くない。これで二児の親か…任せとけ」

時枝は、この一瞬、ほんの一瞬だけ、自分の顔のことより、扉の向こうの男が心配になった。
何故なら、有り得ないことを真剣な声で語っていたからだ。

「任せられるか! ないのはメイク用品が入ったポーチだ!」

時枝が地声に戻る。

「ポーチ? あ、そういうこと。大事なものって言うからよ…女子がないっていったら普通は生理じゃね?」
「誰が女子だ!」

ドン、と中から時枝が扉を蹴った。

 

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