ヤクザ者Sの純情!5

次の日、大喜は何でも屋の事務所にまた顔を出していた。
寝ていたら携帯が鳴り、呼び出されたのだ。
なんでも、大喜に紹介したい仕事があるという。
五万円取り損ねたので、有り難いと、まだ痛みの残る身体を引きずり、事務所まできた。

「大森君、湿布臭いね」
「匂います?」
「喧嘩か?」
「ええ、まあ~」
「それって、コレに関係ある?」

社長が大喜の前に一枚の写真を置いた。

「これは…」

隠し撮りされたあの男だった。昨夜大喜を怒鳴りつけた佐々木の横顔が映っていた。

「この人は、関係ないです」
「なるほど、でも、君知ってるよね?」
「知り合いって程じゃないですけど…」
「だけど、肩に担がれるほどには、親しい」
「えっ?」

社長が、意味深な笑いを浮かべる。

「いやね、この男を探していたら、君が担がれていたのを偶然見たんだよ。こりゃ、イイと思ってね。今度の仕事に君が適任だとピンときた」

佐々木絡みで仕事があるということだ。

「ヤクザ相手の仕事ですか?」

恐る恐る、大喜が訊ねた。

「そこまで、知ってるのか。ああ、こいつは桐生組の若頭だ。だが、仕事はヤバクはない。君の得意分野だから、安心していい」
「あの、ハッキリ言って下さい。どんな内容ですか?」
「単刀直入に言おう。堕として欲しい。君にメロメロに惚れさせてくれ。その上で最後に振ってくれ。この男が立ち直れないぐらいに。な、君の得意分野だろ?」

大喜は男と付き合ったことなど、もちろん一度もない。

「無理です。男は無理です」

いくらなんでも、男は無理だ。しかも相手はあの佐々木だ。即答で、断った。

「成功報酬は二百万だ。無理が可能になる数字だと思うが、やってみないか?」
「二百万っ! 本当ですかっ!」

金額の大きさで、大喜の「無理」は引っ込みつつある。

「必要経費は全て出してもいい。依頼主から金に糸目は付けないと言ってきている。まあ、今回は特殊なケースで、実は別々に二人から依頼されている。成功報酬もその合計金額になるから、もしかしたら、もっと増えるかもしれんが?」
「二人から依頼って、どういうことですが」

エヘンと咳払いをし、勿体付けてから社長が説明を始めた。

「こんな偶然はうちが営業始めてから初めてのことだが。一週間前にとある水商売のママさんから、振られた腹いせに、この男が振られ落ち込む様が見てみたいという依頼が入った。余程、このヤクザに執着していたらしく、可愛さ余って憎さ百倍ってことらしい。で、その二日後、これはヤバイので組関係とだけ言っておくが、目的は違うがようは誰かを宛がってその気にさせたところで、引かせてくれと頼まれている。精神的に弱くさせたいのかどうなのか、ドンパチやるだけがヤクザじゃないらしい。ということで、成功すれば、成功報酬は破格だ。どちらも、金はあるからな」

五万、十万じゃ、いつまで経っても借金は減らない。しかし二百万なら、減る。

「女性の方が…いいのでは? 男とどうこうはないと言ってました」
「水商売のママさんの方は、別に指定はないのだがな、ヤバイ関係の方が、男がいいとリクエスト入っている。堅物らしいな、このヤクザ。それが男と懇(ねんご)ろになって、振られたとなると、追い詰める材料になるらしい。まあ、俺の勘だが、男を宛がうのは、依頼者が楽しみたいだけだろ。だが、依頼は依頼だからな。うちに適任者がいなければ、その界隈でスカウトしてくるしかないか、と思っていたんだ」
「やりますっ! 俺、頑張りますっ!」
「分かっていると思うが、身体張るってことだぞ?」

急にやる気を見せた大喜に、社長が念を押す。

「ケツ貸せばいいんでしょ。そんなこと、平気です。座薬のデカイのぶち込むのと何ら変わりはありませんっ! 直腸検査だって、似たようなものですよね?」

違うだろ、と社長は内心でツッコミを入れたが、否定はしなかった。
スカウト云々言っていたが、佐々木に担がれた大喜を見たときから、担当させるのは大喜と決めていた。
直感で『いける!』と思ったのだ。

「まあ、そうだな。女じゃないし、妊娠の心配も貞操観念の問題もないし、まあ、人生経験として、体験してみるのもいいんじゃないか?」
「はい。屁でもありませんっ!」

尻を叩かれただけで、変態と佐々木に吠えていたくせに、二百万に目が眩んだ大喜は、男と寝ることさえ、微々たることのように思えた。
こうして、いち大学生の大喜が、桐生組若頭の佐々木修治を追いかける日々が始まった。