ヤクザ者Sの純情!4

「ここ、オッサンの部屋か?」
「ああ、ねぐらだ。尤も俺は桐生の本宅に居を構えさせてもらってるから、ここには週一、二回ぐらいだ」
「…もったない。広いのに」

元々事務所だったんじゃないかと思われる空間に、ソファとテーブルが置かれていた。
テレビもあるが、あまり見ないのか、電源が抜かれている。
入口から段差なく広がる空間。
玄関らしいスペースはないが、カーペットの縁が境となり、そこに健康サンダルがスリッパ代わりに置かれてた。
男が大喜をソファに降ろしてから、大喜の靴を脱がした。

「ちょっと、待ってろ。傷の手当てしてやる」

木製の救急箱を抱え、男が戻ってきた。

「脱げ」
「脱げって…やっぱり変態だろ」
「アホか、サッサとしろ」

ポカッと頭を殴られた。
着ていたボーイの制服を脱ぐ。
痛いはずだ。上半身痣だらけだった。

「…ひえっ、冷てぇ~」
「当たり前だろ、湿布してるんだ」

叫くなと男が大喜を睨む。

「オッサン、映画好きなのか?」
「たまにな、息抜きだ」

男が手際よく大喜の身体に湿布を貼っていく。

「でもさ~、息抜きで甘い恋愛映画はないと思うぜ。俺だって仕事だから、しょうがなく行くけどさ」
「そういやぁ、坊主、さっき変なこと言ってたな?」
「坊主って呼ぶな。大喜だ。大森大喜」

湿布を貼っていた手を止め、男が大喜の顔を見た。微かに笑っている。

「なるほどな。それでダイダイか。ダイダイと呼んでやろうか?」

ルイが大喜のことをダイダイと呼ぶのを、しっかり聞いていたらしい。

「殺すぞ、オッサン」
「ヤクザ捕まえて、殺すぞはないだろうが…はは、面白いヤツだ」

男は余裕を見せつけるように、笑っている。

「どこも面白くないっ、ムカツクオッサンだな。俺が名乗ったんだ。オッサンも名乗れ」
「ヤクザの名前覚えてもしょうがないぞ?」
「じゃあ、ヤクザに名乗った俺がバカみたいだろう?」
「違うのか? ダイダイ、バカだろう?」
「ダイダイ言うなっ! 大喜と呼べ」
「興奮するな。俺は、佐々木だ。佐々木修治(ささきしゅうじ)。まあ、覚えてもしょうがないが、夜のバイト続けるなら、知っていてもいいだろう。今日みたいな時に、俺の名前で収まることもある」

ポンポンと頭を軽く叩かれた。
どうもさっきから子ども扱いされている。

「佐々木のオッサンか。恋愛映画みて泣くオモロイヤクザとして、インプットしたからな」
「話がそれたが……大喜、さっき五万円がどうとか、言ってただろ。俺のせいでどうとか、あれはどういう意味だ。仕事ってなんだ? ボーイだけじゃないのか?」
「俺に興味でもあんの?」
「そりゃ、あるだろ。助けたのが俺だって、大笑いしたんだぞ。話せ。俺のせいだっていうなら、話によっては、その五万出してやってもいいぞ。本当にそれが、俺のせいならだけどな」

大喜の頭が、素早く回転する。
手に入らなかった五万が入手出来るチャンス到来だ。
よし、佐々木から五万を頂こうと、涙する佐々木を見たとき、別れさせ屋のバイト中だったことを話した。

「要するにだ。女の子をその気にさせて、あとはポイするってことか? 気のあるふりをして、お前に乗り換えさせ、その後捨てるってことだな?」
「簡単に言えば、そういうこと。あと、もう一歩ってところで、オッサンが泣くから、計画は台無し、俺のバイト代はパー」
「この、くそガキがッ!」

湿布を貼り終えた佐々木が立ち上がり、大喜の頭を思いっきり叩いた。

「ナニすんだよっ! いきなり叩くことはないだろうがっ。健全な一般市民捕まえて、ヤクザが暴力ふるおうっていうのか?」
「人の気持ちを弄(もてあそ)ぶようなガキ、殴られた当然だ。助けてやって損をした。大馬鹿野郎っ! さっさと出て行けっ!」

突然、佐々木が怒り出した。
さっきまで、気の良いヤクザという感じで話していたのに、大喜の話が終わった途端、顔を真っ赤にして、それこそ阿修羅のような顔付きで、厳(いか)つい顔を更に厳つくして大喜を睨んでいる。

「話せっていうから話してやったのに、勝手に怒るなっ! あ~あ、悪かったよっ! 助けてもらって世話になったな。テメェは、一般市民に説教垂れるほど、健全で善良な人間なのかよっ。バカヤロッ!」

大喜は大声で叫ぶとそのまま、部屋を飛び出していった。
脱がされた靴を履くことも忘れていた。
俺はそこまで悪いことをしてない、俺は悪くない、と大喜は何度も繰り返し唱えていた。
幼子が親に怒られ、自分は悪くないと反抗しているのと同じだ。
怒鳴られたことに、無性に腹が立っていた。
佐々木が大喜に放った言葉は、ストレートに大喜の心に突き刺さった。
ヤクザから損をしたと言われる程、酷い仕事だと、思ってはいなかった。
違う。
思っていた。
だから腹が立ったんだと、飛び出して数分後、大喜は気づいた。

――親父に怒られたより、怖かったよな…

佐々木の怒鳴り声が耳に、表情が瞼に焼き付いていた。
一旦キャバクラに戻り、私服に着替え、支配人から靴を借り、アパートに戻った。
パイプベッドにゴロンと横になると、焼き付いた声と表情が、何度も何度も大喜を叱る。

「しつこいぞ、オッサン!」

クソ、と布団を頭から被り、打ち身で痛む身体を丸めて、無理矢理寝ようと試みた。