ヤクザ者Sの純情!3

「ダイダイ、サーちゃん知ってるの?」

ルイの言葉に応えたのは、大喜ではなかった。

「知らない顔だ。ルイのところのボーイか?」
「そう。サーちゃん、最近顔見せないから、ボーイが次々変わってるの、知らないんだ」
「そうか、喧嘩に弱そうな坊やだ」

この男だ。そうだ。間違いない。
大喜の目の前に立っている男は、映画館で嗚咽を堪えて泣いていた強面(こわもて)の中年男だった。

「…はは…、はははは…、あ~、可笑しい…」
「ダイダイ、どうしたの? 頭打った?」

大喜が笑い出した。

「…助けてくれたのが…あんただったなんて…笑わずにはいられるかよ…ははは…」

大喜が男を指さして、笑っている。

「失礼な若造だな。人に指さすやつがあるか」
「あんた…、何者だ? 何者かは知らないけど、俺はあんたを知っているゾ…俺の五万円をパ~にした男だ…あ~、可笑しい」
「ルイ、このボーイ、頭打ったのかも知れん。病院に連れて行く。支配人にいっとけ」
「頭なんか、打っちゃあ、いね~よ。映画館で、恋愛映画見て、ワンワン泣いていただろうが、オッサン。ははは…」

男の左目横の傷がピクッと動いた。

「ルイ、やはりこいつ、頭やられてる。じゃあ、よろしく」

男が、大喜をヒョイと肩に担いだ。

「何すんだよっ、降ろせ。まだ仕事中だっ!」
「その身体で仕事は無理だ。諦めろ」

男は一人ではなかったらしい。数人、従えていた。
そいつ等に早口で指示を出すと、男は担ぎ上げた大喜だけ連れ、歓楽街から裏路地へと入っていった。

「降ろせよ、オッサン。あんた、ヤクザか?」

大喜は男の背中をバンバンと叩いた。
相手がヤクザかも知れないのに、そんなことができるのも、殴り合いの興奮状態が続いているのと、この男の弱みを握っていると思っているからだ。
相手が悪ければ、そんな弱みなど通じはしないのだが、その辺まだまだ大喜は世間知らずだった。

「坊主、人の背中を太鼓代わりに叩くな。落とすぞ。桐生組って、聞いたことあるか?」
「ああ。デカイ組だろ? うちの店って、確か…」
「よく知ってるじゃないか。ルイとお前の働いている店の裏のオーナーは、桐生だ。表向きは違うが…。その桐生で世話になっている」
「やっぱり、ヤクザか。だと思った」
「ちなみに、お前に蹴りを入れてたさっきの酔っぱらいも多分どこかの組のモンだ。俺の顔知ってて、逃げたところをみると、間違いない。ヤクザ相手に、無茶する坊主だ」

どおりで、強かったわけだ。相手が悪かった。

「悪かったな。しょうがないだろ。自分はヤクザですと、名札か何か付けてくれれば、俺だって分かるけどさ。見た感じ、疲れたサラリーマンぽかったし…」
「夜の仕事するなら、人を見る目も大事だぞ、坊主」

坊主、坊主、と子ども扱いされることが、大喜は面白くなかった。

「ヤクザが、恋愛映画見てワンワン泣くなんてな~。コメディじゃん。オッサン、ヤクザに向いてないんじゃない?」
「しばかれたいか、坊主? 俺の方がさっきのチンピラよりは強いぞ?」
「なんだよ、格好悪いって、自分でも思ってるンじゃん。オッサン、可愛いな」
「可愛い?」

男が、立ち止まった。

「いい年の大人捕まえて、可愛いもクソもあるかっ。全く、最近の若いモンは、礼儀というモノを知らん。躾けてやる」

男が、担いでいる大喜の尻をバンバンと叩き出した。

「コノヤロー、やめろ。何するんだよ。セクハラか。プレイじゃねえぞ。変態っ!」
「ガキの尻を叩いて、何がセクハラだ。しかも、おめえは、男だろ。付いてないのか? あん?」
「うるせ~、夜のバイトしてると、男からも誘いがあるんだよっ! あの界隈、そういう店も多いじゃないかよっ! だいたい、ヤクザも、そういう趣味のやつ多いだろ? 良く映画であるじゃねえか。塀の中で弱いヤツはやられるんだろ? ゲイのAVだって、製作会社は、あんた等のご同業じゃないのか?」
「そんな映画は知らん。ヤクザだから多いと言うのは偏見だ。ただ、愛が深い連中はいる。別に俺はそういう奴等を否定するつもりはねえ。世話になった方の中にもいる。しかし、それは………ぐっ…」

男の様子がおかしい。
大喜の尻を叩く手が止まり、大喜の腹の下の肩が震えている。

「オッサン? こら、ヤクザッ…、こんな往来で泣くなっ! こっちが恥ずかしいだろ」

往来といっても、人気はない路地裏。
野良猫がみゃ~と大喜達を無視して通り過ぎて行くぐらい。
大喜は分かった。この男は、恋愛映画に弱いんじゃなくて、恋愛やら愛やらに弱いんだと理解した。

「…ぐっ、馬鹿野郎。ガキが、変なこと言い出すからだろ。安心しろ。俺に今のところ、ソッチの傾向は出てないから。この年までなかったんだ。安心して、尻叩かれてろ」

泣き止んだかと思ったら、また尻を叩かれた。

「オッサン、悪いけどさ、さっき俺やられているから、尻、叩かれると非常に痛いんだけど」
「痛くないと、意味がないだろ。大丈夫だ。お前の骨はどこも折れてない」
「そんなこと、どうして分かる」
「ヤクザの経験値を甘くみるな。折れてたら、坊主はもっと、泣き喚いてるし、歩く振動にも耐えられないはずだ」

結局大喜は、尻を叩かれ続け、そのまま古びたビルに連れ込まれた。