ヤクザ者Sの純情!34

佐々木がガクッと膝から倒れるように座り込み、大喜の頬を両手で挟んで揺らした。

「出せっ、吐き出せっ!」
「もう、無理だって。全部胃袋」
「なら、胃洗浄だっ!」

シャワーのノズルを掴み、水圧の激しい湯を大喜の顔に近付けた。

「オッサン、落ち着けっ! 拷問する気かよっ! 飲んだ俺が平気なのに、なんでオッサンがテンぱってんだ?」
「…お前…、男の精液飲んだんだぞ? どうして平気でいられるんだ…お前を産んで育ててくれたご両親に申し訳ない……」

佐々木が悲壮な顔をしている。

「大袈裟だな。女だって飲むやついるんだから、男が飲んでも構わないだろ。それに、俺、オッサン好きだし、なんか特別な感じで結構嬉しいけど?」
「いい加減にしろっ!」

佐々木が怒鳴った。

「逆ギレかよ。オッサンに気持ち良くなってもらいたかっただけだろうが。いい年して、小さいことに、ウジウジ考えるんじゃねえ。オッサン、それでもヤクザか。胆が小せぇんだよ」

負けずに大喜も応戦した。
両者、にらみ合い一歩も引かない。
けれど、その格好は、お互い裸だし、大喜にいたっては佐々木を口淫した際に興奮したため、半勃ちの情けない状態だった。

「はあ~」

結局先に折れたのは佐々木だった。
脱力した佐々木から、深い溜息が溢れた。

「…お前は…一体、何者なんだ? 宇宙人か……。どうして、俺を……その…なんだ…」
「好きかって? そりゃ、俺にも良くわかんね~。ははは。諦めてくれ、オッサン。俺を好きになれ」
「……アホか、くそガキめ」

とんでもないのを拾ったと佐々木は自分の軽率さを呪った。
拾うならネコか犬にすべきだったと、本気で後悔した。

「風呂場で辛気くさい顔すんなって。ほら、ここ座れよ。背中、今度は俺が流してやる」
「…また、お前は…、変なことを…」
「何、やらし―こと想像してんだよ。男同士、背中の流し合いするだろ。ほら、椅子、座れよ」

大喜に押し切られ、しょうがないとさっき大喜が腰掛けていた椅子に腰を降ろした。

「・・・」

大喜が瞬きを忘れ、目を見開いている。
眼球が飛び出しそうだ。

「どうした?」
「…どうしたって…、背中…の…絵」
「何を今更、言ってんだ」

大喜の目は、佐々木の背中に彫られた般若の面を持った観音菩薩に釘付けになった。
大喜が風呂場に足を踏み入れてから佐々木の前面しか見てなかったので、真珠には気付いても、背中の刺青にまでは気が付かなかったのだ。

「…シール?」
「は? お前、刺青、見たことないのか」
「ドクロとかバラとか、アルファベットはあるけど…こんな古くさいの、映画でしかない」
「古くさい? 失礼なやつだ」

大喜の指が、刺青の上をなぞる。

「すげ~、本当に彫ってるとこうなるんだ…図柄に意味とかあるのか?」
「さあな。ヤクザの刺青なんぞに興味持たなくていいから、洗うなら、サッサと洗え。シールじゃないから、ゴシゴシ擦ってもとれないから安心しろ」

大きく描かれている観音菩薩の顔が、物凄く柔和で、佐々木の中の優しい人間性を表しているように思える。
それに反し、手に持っている般若の面は、威圧的で恐ろしく、それが佐々木が芯からヤクザなんだと言うことを、大喜に語っているように思えた。

「芸術的なことはわかんね~けどさ、何か凄いよ、これ。見てるとドキドキしてくる。やっぱり、オッサン、好きだ、俺」
「ば~か、そりゃ、素人のガキが見慣れないもの見て、興奮してるだけだ。ほら、さっさと洗え」

そうだったと、大喜がやっと佐々木の背中を洗い出した。
佐々木の背中は広かった。石鹸の付いたタオルで上から左、右、と洗っていく。
観音菩薩の目が、大喜を本当に見ているように思えてきた。
柔和な顔だが、味方によっては官能的でもあった。
腕を動かすと、腰も揺れ、先程から中途半端に余熱を持て余している箇所も揺れ、振動が微妙な刺激を生んでいた。 
だから罰当たりにも、観音菩薩の顔がエロく見えてしまうのかも知れない。

「どうした? 背中、洗い終わったんなら、タオル貸せ。前は自分で洗う」

動きが止った大喜から、佐々木がタオルを奪おうとした。

「…オッサン、ごめん」
「は?」

タオルを佐々木の前に投げると、大喜がペタっと佐々木の泡の付いた背中に張り付いた。