ヤクザ者Sの純情!30

「やれやれだな」

はあ~っ、と深い溜息を付き、佐々木が台所の椅子に腰掛ける。

「お茶がいいか? それともビールにする? ビールもグラスも冷やしてある」
「気が訊くな。ビールをくれ」

瓶ビールとグラスを二つテーブルに置き、佐々木のグラスにビールを注ぐと、大喜は当たり前のように自分のグラスにもビールを注ごうとした。
が、グラスを佐々木に取り上げられた。

「お前、未成年だったよな。ジュースにしろ」
「ヤクザのくせに、そこ、大事かよ」
「ああ。俺達は法を犯すこともあるけどな、お前は一般人だから、法を犯させるわけにはいかねぇんだよ」
「なんだよ、その大袈裟な理屈。一口ぐらい、いいじゃん」

瓶を佐々木が取り、自分の方へやる。二杯目からは手酌で飲み始めた。
大喜は渋々つまみの用意と、晩飯の用意を始めた。

「あ―――ッ!」

突然、包丁を持った大喜が叫んだ。
驚いた佐々木がビールを噴きだした。

「何事だっ、指でも切ったか」

噴きだしたビールを腕で拭うと、大喜の側に寄り出血の有無を確認をする。

「血は…出てない。指もあるな。五本ずつ、揃ってる。…じゃあ、なんだ?」
「大学ッ、バイトッ、行ってないっ! そうだよ、今日俺、午後から講義に出るつもりだったのに…夕方は、バイトを辞める挨拶にも行くはずだったのに……どっちもサボっちまったじゃないかよ。オッサンのせいだ」

目を釣り上げ、大喜が佐々木を見上げた。
手にはまだ、包丁が握られている。

「ダイダイ、落ち着け。包丁をまず置け」

佐々木がゆっくりと大喜の手から包丁を取り上げると、まな板の上に置いた。

「よし、良い子だ」

大喜の肩に手を置いた佐々木が腰を屈め、大喜の目線に自分の顔を合わせる。

「俺のせいか?」
「そうじゃないかよ~。オッサンが居なくなるから、黒瀬っていう野郎が、俺を拘束して……あんな格好までさせられて…大学のこと、忘れてても仕方ないだろ。覚えてたって、俺、縛られてたんだ。行けるはずない」

大学は、自主休校することもたまにあるが、今日は出席には厳しい准教授の講義だったので、単位の為に出ておきたかった。
しかし、もう時間は戻らない。

「そうか、悪かった。大学は俺にはどうにもできないが、バイト先は、明日、俺も付き合ってやる。一緒に詫び入れてやるから、許せ」

佐々木の真摯な態度が嬉しい。
嬉しいが、それだけでは終わらないのが、大喜だ。今ならつけ込めると判断を下す。

「…うん。あと、お願い一つしてもいいか? 今日、あの変態に苛められて、俺、ショックだったし、痕が痛いし」
「なんだ、言ってみろ。一つぐらい聞いてやる」

佐々木にしてみれば、黒瀬と鉢合わさせてしまったばかりに、大喜に酷い目に遭わせてしまったという負い目がある。

「風呂、一緒に入りたい。駄目か?」
「…変なことすんなよ。だったら背中流してやる」
「ヤッタ―ッ! ありがとな、オッサン」
「全く変なガキだ。今まで泣きそうだったくせに、風呂ぐらいで大喜びしやがって」

待っててやるから早く食事しろ、と大喜の頭をポンポンと叩く。
大喜は途中だった自分の晩飯と佐々木のつまみ作りを上機嫌で再開した。
しょうがねぇガキだ、と佐々木はテーブルに戻り、ビール瓶を二本を一人で空けた。
食事が終わると、大喜は鼻歌交じりに風呂の準備をする。 
自室に下着とパジャマを取りに行き、駆け足で風呂場へ向った。
脱衣場には佐々木の脱いだ服と着替えがあった。先に入っているらしい。

「オッサン、早いな」
「お前な、前ぐらい隠したらどうだ?」
「隠す必要ないだろ? オッサンしかいないのに、面倒くせぇよ。どうせ、昼間見られてるし、構わね~よ」

佐々木は湯船に浸かっていた。

「背中、流してやるから、ソコ座れ」

バス用のプラスティック椅子に大喜が腰を降ろす。
佐々木が湯から出て、大喜の後ろに立った。

「タオル取れよ。俺がスッ裸なのに、オッサンが前隠すって変だろ。男らしく堂々としろ」
「つべこべうるせ~ガキだ。ビビらせないように、隠してるんだ」
「オッサンのナニみて、俺がビビるとでも、思ってんのか? アホくせ~」

大喜が前を向いたまま、手だけ動かし、佐々木の腰に巻かれていたタオルの端を掴むと一気に引っ張った。
軽く一カ所で留めただけのタオルは、あっという間に佐々木の腰から外れた。

「ウソッ!」

正面の鏡に、佐々木の一物が映る。
ちょうど座っている大喜の左肩、直ぐ上に堂々たる姿を晒しているのだが…サイズ云々の問題ではなかった。
恋愛映画に涙するような男には似合わないものが、ソコには映し出されていた。