ヤクザ者Sの純情!17

大喜が与えられた客間で荷物の整理をしていると、佐々木が戻ってきた。戻って来るなりお小言だ。

「ちったぁ、組長に敬意を払え。俺の顔を潰す気か?」
「組長ってだけで、敬意払えるか。敬意というのは尊敬できる人だから払うもんじゃないのかよ。ヤクザの組長を尊敬してたら、ヤバイだろ。俺を組員にしたいのか?」
「ったく、口だけは一丁前だ。組長は年上だし、今日からはお前の雇い主でもあるんだろうが。本宅からも給与は出るから、お前、夜の仕事やめろ」
「仕事のことは、俺が決める。オッサンに指図されたくない」
「金が必要なんだろ? だったら、大学以外は本宅の仕事にあてろ。割りがいい。俺の一万も出してやる。本宅は時給二千円だ。どうする?」

時給二千円に、大喜の決断は早かった。

「やめる。でも、そんなにもらっていいのか?」

雑用するだけで、時給二千円は貰いすぎだろう。

「口止め料も入っている。本宅の中で耳にしたことは、絶対に外で洩らすなよ。下手すると、ダイダイの命、俺の手で断つことになるかもしれんからな」

本気なのか冗談なのか、物騒なことを佐々木が口にする。

「…オッサン、人殺したことがあるのかよ…」
「さあな。あるかもしれんし、ないかもしれんし、好きに想像しとけ。いいか、俺から殺されずに済むよう、外部にここでのことは洩らすな。いいな」
「…分かった」

だが…。
桐生の組の内部の事は誰にも話す予定はないが、佐々木との進展は報告しなきゃならない。
これが金の為のバイトだと佐々木にバレた日には、俺は殺されるのだろうかと、一抹の不安を覚えた。

「どうした、顔色が悪いが。怖じ気づいたのか?」
「まさか…」
「じゃあ、飯の用意をしてくれ。練習したんだろ? 食材は揃っているはずだから、勝手に使ってくれ」

このバイトを降りても、お先は真っ暗なのだ。
だったら、佐々木にバレずに終えることに賭けた方がいいだろう。
今は佐々木と離れたくない。
それに、今夜こそ、と決心して此処まで乗り込んで来たのだ。

「和食がいいか?」
「何でも構わん。好き嫌いはないから、ダイダイが作れるものでいい」

どうのこうの言っても、佐々木は大喜に優しい。
世間では怖い部類の人間なのだろうが、大喜は佐々木に怒鳴られても、小言をくらっても、温かさを感じていた。
佐々木に出す初めての手料理。
大喜が作ったのは卵焼きと大根おろしと鮭のムニエルだった。
冷凍庫で見つけた鮭をレンジで解凍し小麦粉を振ってソテーする。
凝った料理は出来ないので、フライパンで出来る簡単なものになる。
卵焼きは見事に崩れたが、そのまま出した。

「…そんなに見つめるな。食べにくい」

大喜が自分の箸は置いたままで、佐々木が食べるのを凝視している。

「どう? 食べられるか?」

不味いと言われたら凹みそうだ。

「形は悪いが、おいしいぞ。次作るときに、卵焼きに、少し日本酒を加えてみろ。もっとフワッとなる」
「日本酒だな。わかった。ムニエルはどうだ?」
「美味いぞ。お前も食べろ」

お世辞かも知れないが、美味いと言われれば素直に嬉しい。

「…美味い…かも」
「かもじゃない、本当に美味しい。自信を持っていい。明日も楽しみだ」
「おう、オッサンの為に腕を振るうから、ちゃんとここで食えよ」

大喜の発言に、佐々木が吹き出した。

「ダイダイ、カミさんみたいだ」
「笑うなよ。俺はそのつもりなんだけど」
「大人をからかうヤツがあるか。食え」

冗談で済ませるするつもりらしい。
散々気があるような発言をしているのに、鈍いのか気付かないフリをしているのか、どっちだと大喜は佐々木の顔を伺う。

「オッサン、風呂も沸かしておいたから。食べ終わったら、入ってくれ」
「気が利くな」
「背中、流そうか?」

一瞬間が空いた。

「気を遣うな」
「遣ってないけど? イヤならいい」
「イヤっていうわけじゃ、ないが……」
「ふん、イヤだって顔に書いてあるぞ。オッサン俺を意識してんじゃないの? だから、裸見られて恥ずかしいとか?」

図星だったのか、佐々木の顔が赤くなる。

「そんなわけあるか。くそガキが。大人をからかうなって言ってるだろう。しばくぞ」

動揺を誤魔化したいのか怒気を含んだ声だ。

「暴力反対! 分かったよ。オッサン一人で入れ」

風呂場で観察とお触りぐらいはしたかった。
サイズを頭に入れて心の準備をしたかったが、ここで怒らせてもしょうがない。
問題はその後なのだから、と、ここは大人しく引き下がった。