ヤクザ者Sの純情!16

出た瞬間、佐々木の怒鳴り声が響いた。

「組長っ! こんなことしてて、いいんですかっ! することあるんじゃねえんですかっ」
「佐々木、うるさいぞ。することしてるだろうが。明日もデートだ。俺は忙しい。あのガキとも遊んでやらねばならんし。自由の身だ。お前に小言を言われる筋合いはないっ。久しぶりに、お前もソープに付き合うか?」

部屋から大音量で洩れる会話をずっと盗み聞きしていたかったが、木村にさっさと来いと促されその先を聞くことは出来なかった。

「組長っ! アッシは……そんな組長は見たくありませんっ」
「なら、見るな。お前は俺のことより、あのくそガキのケツでも拭いてやれ。ありゃ、訳ありだな。お前、調べたのか?」
「裏はあると思ってます。アッシもそこまでお人好しじゃ、ありません。しかし、放っておくにはちょっと危ないガキのようでして。借金があるのは本当のようですし、それ絡みで何かありそうですが…アッシのことより、組長の方が心配です。間違っても大喜に手を出すようなことは」
「だから、佐々木が相手してやるなら、手を出さないって言っている。今夜、気張れ」
「アッシは、真面目に話しているんですっ」
「そう熱くなるな」
「明日、ボンがお見えになりますから」
「佐々木、てめ~、やりやがったな。覚えてろよ」

これ以上の長居は無用だと、佐々木も部屋を出た。
佐々木は組長の抱えている問題が心配でならないのだ。
その内容を大喜や他の組員に言うわけにもいかず、組長と二人になった時だけ、詰め寄り食って掛かっていた。

「最近、若頭と組長、揉めてんな~」

先を行く木村がぼやく。

「原因…心当たりは?」
「お前、興味あるのか? 首突っ込むのは止めておいた方がいいぞ。俺達にも言えないようなことだとは推測はつくが」

組員に言えないってことは、やはり恋愛関係のもつれなのだろう、とますます大喜の勘違いが深まる。

「そういや、名前聞いてなかった。若頭はダイダイって呼んでたが。それでいいのか?」
「よくないっ、です。大森大喜です」
「じゃあ、大森でいいな。年は幾つだ」
「十九才です。木村さんは? 俺とあまり変わりませんよね?」
「二十六だ」
「ええっ? 俺より七つも上? 見えない…」

大して変わらないと思っていた相手が思ったより上だった。

「童顔だって言いたいのか? バカにしているのか?」

凄みを効かせた口調で問われた。

「違います。若く見えたので…」
「らしいな。よく飲み屋でも年齢確認されるが、俺には妻も子もいる」
「えええええっ。お父さん?」

人は見かけによらないものだ。この木村という男、チャラチャラ、フラフラしているようなタイプに見える。

「といってもガキは女房の連れ子だけど、可愛いぜ。今は俺の田舎で暮らしてる。さすがにここには置いとけないんで」

この世界にも単身赴任があるらしい。

「ここが、台所で、こっちが風呂で、風呂は別に露天風呂もある。それとここから先が離れで、こっちが、俺達が住んでいる部屋へ続く通路で、そこが組長の寝室で…」

木村が組長の言いつけを守って案内してくれているが、各部屋、廊下に面して似たような障子や襖で分かれており、覚えられそうもない。
大喜は台所と風呂ぐらい覚えればいいかと、あとは聞き流していた。

「大森、覚えたか?」
「はい」
「嘘付くな。一回で覚えたヤツは今までに一人もいねぇよ。ただし、迷子にはなるなよ。俺の責任にされちゃあ、堪らないからな」
「…はい。あとで佐々木のオッサンに地図でも書いてもらいます」
「一つ訊いていいか?」
「はい?」
「お前は、若頭の何だ? もしかして、血が繋がっているとか?」
「……そんなこと、俺の口からは言えません。家政婦だと思って下さい」

大喜は、恋人だと暗に言ったつもりだったが、『やはり、隠し子か』と木村の疑惑は確信に変わった。

「さっきはからかって悪かったな。何か困ったことがあれば相談しろ。素人さんには辛い居場所かもしれない。力になってやるからな」

ポンポンと肩を叩かれた。

「ありがとうございます」

木村が佐々木の恋人だと認めて応援してくれる気なんだろうと、大喜は自分に都合のいい解釈をした。