「女性に人気らしいです。風俗って一言で言っても奥が深い。アニキ、行きましょう」
ああ、と返事をした男の方が童顔だ。
アニキと呼ばれているが、呼んだ方と年は変わらない。
二人とも二十六才だ。
十代にしか見えない方が、桐生組の若手ナンバーツーの木村だ。
ナンバーワンは訳あって只今塀の中の為、実質的に、若手ナンバーワンの男だ。
一緒にいるのは、もともと経済誌の記者だった男だ。
何を血迷ったのか好きな道で生きたいと今年の四月から桐生組に籍を置くようになった金田だ。
学年でいうならば同級だが、金田が早生まれの為、生まれ年は金田の方が一つ下になる。
木村的には、さん付けで良かったが、金田が「アニキという言葉を、使ってみたかったんです。呼ばせて下さい」と言い張るので、結局アニキと呼ばせている。
「一見普通の店だな」
「でも、違うんですよ。入りましょう」
「お前、平気か? 女のストリップなら、俺も楽しめるが」
「何を言っているんですか。仕事でしょ。アニキ、行きますよ」
「だって、お前、いくら仕事と言ってもな」
木村がごねるのには訳があった。
仕事の為と連れてこられたのはいいが、この店は所謂秘密裏に開かれているというクラブだ。
桐生のしのぎも風俗系が半分以上を占めるので、流行っている店があると聞けば偵察へと向う。
今回、情報を仕入れてきたのが金田だったので、上から木村も一緒に体験してこい、と命じられ渋々足を運んだのだ。
どうせなら可愛いお姉ちゃんに接待を受けるような店がよかった。
組の金で飲み食いできるなら、そっちの方がいい。
だが、このクラブは……簡単に言うなら男同士の本番ショーなのだ。
男が男に掘られるのを見学する日が来るなんて、木村は夢にも思わなかった。
これが女同士の絡みなら、一見の価値はありそうだが、どうして、野郎のケツの穴を眺めに行かなければならないのか、それが流行っていること自体納得がいかなかった。
しかも、客層は女性か多いのだそうだ。
女が男のケツや交わりに、興味津々の視線を注いでいるのを見たら、木村の女性観が変わりそうで怖かった。
どうやって手に入れたのか分らないが新規の会員証を二人分、金田は用意していた。
入った店はレンタルショップで、そこのカウンターで会員証を見せると、地下へ続く階段を案内された。
あとは壁に貼ってある矢印に案内に沿っていけばよかった。
黒い内装は、ゴシック調で妖しげにまとめられていた。
安っぽさはない。
薔薇がモチーフになっているのは、このクラブが「薔薇の刺」という名称と男同士ということを含ませてのことだろう。
既に観客が席についている。
八対二ぐらいで女性、それも若い女性が多い。
男性客は見た目、金持ちそうな壮年が占めている。
若い男性客は木村達だけなので、他の客が珍しそうに視線を向ける。
テーブル席と椅子だけの席があり、木村と金田はテーブル席だった。
着席すると直ぐに飲み物のオーダーをとりに若い女性が来た。
顔が分らないよう、アイマスクを着けている。
「今日は、一幕はバージンの子ですから、チップをはずんでやって下さい」
オーダーした生ビールのジョッキを持ってきた女性に、そう勧められた。
「バージンって、男だろう?」
「今まで尻を掘られた事がないってことですよ。アニキは、バージンでしょ?」
「お前、恥ずかしいこと言うなっ! 当たり前だ」
からかわれ、木村が真っ赤になる。
ビーッと開演のベルがなった。
木村は緊張した面持ちでステージを向く。
「凄いですね…あの子、まだ、十代じゃないですか」
全裸と言っても過言じゃないような姿の青年が、SMの女王様のような衣装の女に連れられ登場した。
スポットライトが青年に当てられると、歓声と拍手が湧き上がった。
ステージ中央に置かれていた椅子に、女に誘導された青年が座る。
すぐに女は消え、青年一人になった。
目隠しに、手錠。
うっすらと中身が透けている意味のない下着。
青年がステージに登場した時、木村は慣れない場の雰囲気に呑まれ、ステージ上の青年を視界に収めるだけで精一杯だった。
だが、青年が椅子に座り、一人になった姿を観察していると、奇妙な感覚に見舞われた。
「…俺、どこかで…」
「アニキ?」
「お前、あの子に、見覚えないか?」
「いえ、私にはありませんが。あんな若い子と知り合う機会は持ち合わせてないんで。顔もあれじゃ、分りませんし」
「…だよな~。だが、俺、知っているような気がする。うち関係の店のバイトか……、」
「そんなの広すぎて、分りませんよ。アニキは、一人一人、覚えてるんですか?」
「そんなの、無理に決まってるだろ。気のせいかな」
こんな場所で働こうと思う青年に、心当たりあるはずがない。
思い違いかと、木村はジョッキを傾けた。