昨日、越してきたばかりだというのに、大喜はもう出て行くことを考えていた。
「…どっちで寝よう…」
自分の顔なんか見たくないんだろうな、と佐々木の心情を量る。
「どうせ嫌われるなら、とことん嫌われて出て行くか…」
こんな状態で、佐々木のベッドに潜るとは自虐好意だよな、と自分に呆れながら大喜は佐々木の寝室へ向った。
佐々木はまだ、寝室へ上がって来てなかった。
風呂場でメソメソやっているだろう。
「いい年して…ホント、オッサンはしょうがない野郎だ…。映画見て泣くわ、年下の俺に泣かされるわ…あれでヤクザ家業が務まっているから…不思議だ……」
ベッドに腰掛け、独り言を呟く。
膝の上に置いた手の甲に、熱い雫が落ちてくる。
「…オッサンじゃ、あるまいし…、いい年した男が泣くなんて……あぁああ、女々しいっ、クソッ……止まれっ、」
涙腺に命令をしても、効果などもちろんない。
腕で両目をゴシゴシと擦ると、佐々木の匂いが染みついたベッドに潜った。
しばらくして、佐々木が寝室へ上がってきた。
ベッドの膨らみに気づき、布団の上から大喜を軽く叩く。
「今日も、ここで寝るつもりか?」
もう佐々木は、泣いてはいないようだ。
「…何も、しねぇよ…。いろんなことあったし、俺も疲れてんだ…。もう、寝る」
モゴモゴと布団の中から佐々木に答えた。
それに対して佐々木は何も言わず、またポンポンと布団の上から大喜の位置を確認するように叩くと、電気を消しベッドに上がった。
大喜に触れないよう、微妙な位置をとり布団に潜る。
大喜は壁際を向き、佐々木はサイドテーブル側を向いていた。
背と背が向かい合っているが、触れてはいない。
大喜が、佐々木の方へ向きを変えた。
「…オッサン、色々、ごめんな」
顔を布団に潜ったまま、佐々木の背中に向け大喜が謝罪した。
「ああ」
短くはあったが、佐々木が大喜の謝罪を受けた。
佐々木の返事を聞くと、すぐにまた大喜は向きを変えた。
今度は少しだけ、丸めた背中が佐々木に触れるよう、佐々木に近づいた。
避けられるかと思ったが、佐々木は動かなかった。
寝ているのか、寝たふりをしているのか、佐々木はビクともしなかった。
―――やっぱ、オッサンは温っかいや…好きになってもらいたかったな。
上手くいっても、仕事の延長線なら、どうせ、俺から別れなければならなかったし……、金や契約抜きで、恋愛したかったよ…抱いて欲しかったかも……アホだ…こういうの、ミイラ取りがミイラになるって、言うんだっけ……
大喜の背中は小刻みに震えていた。
『オッサン、さよなら』
朝、佐々木がいつも通りの五時に起きると、大喜の姿は消えていた。
どこに行ったんだと、与えていた客間を覗くと、大喜の荷物一式が消えていた。
勝手に出て行ったのか?
置き手紙も何もない。
「大喜っ! 大喜っ! ダイダイ!」
パジャマの上から上着を羽織り、本宅から庭園まで一通り探してみたが、姿はなかった。
「出て行ったのか? あいつ…、アパートも引き払ったんじゃ…」
自分に一言もなく大喜が消えるとは、佐々木は思ってもいなかった。
昨日、黒瀬に転がされている大喜のあられもない姿を見てから、佐々木は自分の中に、大喜に対する邪(よこしま)な気持ちが芽生えていることを感じていた。
だから、風呂場で大喜と交わした行為に、後ろめたさと後悔で感情を垂れ流してしまった。
「…俺が…あいつを…傷付けたのか?」
自分の涙が原因かもしれない。
佐々木の後悔に、一つ新たなものが加わった。